
「地獄に落ちるわよ」だけではない:細木数子がテレビ界を席巻した真の理由
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TL;DR
本記事では、占い師・細木数子の台頭を検証します。彼女の踏み込んだ物言いと大衆の覗き見的な好奇心が、現代のインフルエンサー文化にも通じる巨大なメディア現象をいかにして作り上げたのかを分析します。
Reading the 日本語 translation
「あなた、龍が背中にいるわよ」
そして、ホリエモンは逮捕された。
私はあの放送を実際に見ていた。細木数子が堀江貴文、通称ホリエモンを見つめて、そう言った場面を今でも覚えている。ライブドアの株価についても、「楽に5倍くらい上がります」と言っていた。
スタジオは完全に「この男が世界を変える」という雰囲気に包まれていた。
当時の堀江氏はTシャツを着て、早口で、自信に満ち、古い大人たちのルールを笑い飛ばしていた。好き嫌いは別として、彼はテレビに映るだけで部屋の空気を変える人物だった。
その堀江氏に、細木氏は宣言した。「龍が憑いている」と。
それは占いというよりも、成功者への戴冠式だった。しかし、その冠は同じ月のうちにニュース画面の中で転がり落ちた。
背中にいるという龍は、守護神だったのか。それとも、ホリエモンを高く持ち上げてから落とすための悪魔だったのか。
当時、正確な日数を数えていたわけではない。しかし、視聴者としての感覚はこうだ。元日に龍を背負った成功者がいる。同じ月の終わりには、逮捕のニュース。
テレビは本当に、人を輿に乗せるのも早ければ、落とすのもあっという間なのか。持ち上げるときは金屏風、落とすときはワイドショー。忙しすぎる。人の人生をイベント会場のように扱う。
明るいバラエティスタジオで「龍が憑いている」と持ち上げられていた人物が、今度はニュースの硬い声で「逮捕」と報じられる。占いが当たったか外れたかの問題ではない。
人の人生が、バラ色から真っ黒に、こんなにも簡単に変わるものなのだと、私は見せつけられた。
| 「あなた地獄に落ちるわよ」が普通に放送されていた時代
細木数子といえば、やはりあの言葉だ。
「あなた地獄に落ちるわよ」
今の時代、この一言だけで大騒動になる。切り抜かれ、批判で拡散され、謝罪に発展し、スポンサーが神経質になる。令和なら、謝罪文、番組コメント、ネット記事と、フルコースだ。
しかし、当時は名物だった。
細木氏は単なる占い師ではなかった。人の人生に土足で踏み込み、結婚、仕事、家族、礼儀、生き方について白黒をつける人物だった。
怖い。
厳しい。
テレビで人の人生を解体していた。
それでも、私たちは見ていた。
これが一番人間らしいところだ。嫌ならチャンネルを変えればいい。なのに、リモコンを持つ手が止まる。叱られているのは有名人なのに、視聴者にも緊張が走る。
スタジオは笑っている。出演者も笑っている。しかし、笑いの裏には緊張がある。次に誰が何を言われるかわからない。地雷原を歩いているようでありながら、番組として成立している。いや、地雷原を歩いているからこそ面白かったのだ。趣味は悪いが、それでも。
見たい。
でも、自分は言われたくない。
ひどい話だが、わかる。そんな感覚がテレビの前にあった。
| 掃除指導は、今ならハラスメント扱い
もう一つ覚えているのは、彼女が若い女性に掃除を教えている場面だ。
教えるというより、監視だった。手の動き、拭き方、姿勢、受け答え。少しでも違うと、細木氏の目が止まる。その瞬間、視聴者も「あ、これ叱られるやつだ」と身構える。
なぜ家でテレビを見ているだけの私が、こんなに緊張しなければならないのか。おかしな話だ。
若い女性たちは笑っていた。しかし、それは引きつった笑いだった。最悪の場合、目尻に涙。叱られないための社交辞令の笑顔。空気を壊さないための笑顔。これ以上空気が悪くならないように、口元だけを持ち上げた笑顔。
あなたもこの顔を知っているだろう。
上司が強く言い、若手が「はい」と答える。周りはそれを笑いに変える。本人が笑っているから、表面上は機能しているように見える。しかし、本人の心はえぐられている。
視聴者もどこかで気づいているが、「まあテレビだから」と流す。便利な言葉だ。テレビだから。仕事だから。昔はそうだったから。そう、言い訳の三点セット。
今ならおそらく「パワハラ」と呼ばれるだろう。いや、大いに言われるだろう。指導ではなく圧力。教育ではなく支配。しつけという名の公開説教。
しかし、当時は「厳しいけど愛がある」と受け入れられる空気があった。
掃除ができること。
礼儀を知っていること。
目上の者に逆らわないこと。
女性らしく振る舞うこと。
それらが「ちゃんとした人」の条件だった。
今見ると、息苦しい。
怖いのは細木氏だけではない。それを普通に見ていた時代の空気も、かなり怖い。
| 細木数子の異常性は、距離感のバグ
細木氏の怖さは、口が悪いことではなかった。人の人生に踏み込む距離感が、正常ではなかった。
普通、人には触れてほしくない場所がある。
結婚、
親子関係、
お金、
仕事、
女性らしさ、
男性らしさ。
それらは、テレビの前で他人が土足で踏み込むべき場所ではない。しかし、細木氏はためらわずに入っていった。
玄関で靴を脱ぐどころか、土足で奥の部屋まで歩いていき、クローゼットを開けて、全国放送で「あなた、ここ汚いわよ」と言うような人物だった。
褒める時も、普通ではなかった。「すごいね」ではなく、「龍が憑いている」だった。褒め言葉がすでに神話的だった。成功の認定というより、半ば伝説の生き物扱いだった。
逆に、叱る時も普通ではなかった。「それは良くないね」ではなく、「地獄に落ちるわよ」だった。警告ではなく、ほぼ終末宣告。
レンジが広すぎた。
掃除の仕方一つとっても、掃除で終わらなかった。礼儀がなっていない。女としてどうなの。生き方がダメ。日常の小さな行動が、その人の人格の判定に直結した。
今思えば、それはしつけではなく、公共の場で人の逃げ道を奪う見世物だった。
しかし、私たちは見ていた。これが一番タチの悪いところだ。
人は自分の人生を裁かれるのは嫌いなくせに、他人の人生が裁かれる場面には目を向ける。誰かが叱られ、誰かが見透かされ、誰かが逃げ道を失う。私たちはその瞬間を安全な場所から見ている。
細木数子は土足で人の人生に踏み込んだ。
しかし、テレビの前の私たちは、その足跡を覗き込んでいた。
怖いのは細木氏だけではない。
人は、自分が傷つかない場所にいるときにだけ、他人の傷を見たがる。
あの番組が映していたのは、占いではなかったのかもしれない。人間の中にある、かなり性悪な好奇心ではなかったか。
| 私たちは今、スマホで同じものを見ている
今の時代、テレビであのような強い言葉を目にすることはほとんどない。しかし、消えたわけではない。場所が変わっただけだ。
今はSNSの上にある。
「これを知らない人は損をしている」
「その考え方では、一生変わらない」
「成功者はみんなやっている」
「今すぐやめなさい」
昔の「地獄に落ちるわよ」は、今の「人生終わるわよ」に変わっただけかもしれない。
テレビはスマホになった。占い師はインフルエンサーになった。スタジオの笑いは「いいね」やリポストになった。
しかし、強い言葉で人の不安を掴む構造は、あまり変わっていない。令和になっても、人間の中身はそれほどアップデートされていない。スマホだけが新しくなり、私たちは昔のまま。切なくなる。
長く生きてきて思う。
人は、特に本当に迷っている時ほど、優しい言葉よりも強い言葉に傾きがちだ。しかし、強い言葉は道標にもなれば、鎖にもなる。
ホリエモンに「龍が憑いている」と言い、株価が「楽に5倍くらい上がります」と言った後、現実は全く違うニュースを運んできた。未来を予言する人物がどんなに有名でも、人の人生はその言葉通りには進まない。
怖いのは、占いが当たるか外れるかではない。
本当に怖いのは、自分が不安になった時、誰かの強い言葉に自分の人生を預けてしまうことだ。
私はこれからも、人間の本質や昔のテレビの空気について書いていきますので、よろしければフォローしてください。

Layla 66
@layla_biz
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