最近、ふと周りを見渡して思うことがあります。
みんな、本当に頑張っているな、と。
朝活を始めたり、筋トレに励んだり、副業や人脈作りに精を出したり。
「もっと何かを足さなきゃ、そうしないと幸せになれない」と、まるで足し算のゲームをしているかのように、自分を追い込んでいる人が多い気がします。
実は私自身も、かつてはその一人でした。
でも、ある時気づいたんです。
私の周りで本当に楽しそうに、軽やかに生きている人たちは、何かを足しているのではなく、むしろ「こっそり何かをやめている」のだということに。
彼らは、世間が「やるべき」だと思っていることをしれっと手放しているからこそ、あの自然体な空気感を纏っているのかもしれません。
幸せとは、何かを手に入れることではなく、不要なものを手放していくプロセスではないか。
そう考えてから、私が意識的に「やめてみた」3つのことについて、自身の経験を交えてお話しします。
1. 他人の感情を「自分のパート」にしない
一番大きな変化は、「他人の感情を自分一人で背負い込むこと」をやめたことです。
以前の私は、職場で上司の機嫌が悪かったり、友人の返信がそっけなかったりするだけで、「私、何か失礼なことしたかな?」と一日中ソワソワしていました。
相手の負の感情を、勝手に自分のせいだと思い込んで引き受けてしまっていたんです。
そんな時、ふと「バンドの演奏」のことを考えました。
ドラム、ベース、ギターがそれぞれ自分のパートをしっかり鳴らすからこそ、いい曲になります。
でも、もしドラムの人が「ベースの音が弱いから、僕がベースの音も鳴らしてあげよう」と欲張って叩き出したら、どうなるでしょうか。
きっと演奏はぐちゃぐちゃになり、曲全体が崩れてしまうはずです。
人間関係もこれと同じだと気づきました。
「上司の不機嫌は、上司が鳴らしている音」であり、私の音ではありません。
それぞれの人が自分で鳴らすべき音を、私が勝手に引き受けてしまうのは、優しさというより、むしろ相手を「自分で自分の感情を処理できない人」扱いする、おこがましい行為だったのかもしれません。
今では、誰かが不機嫌な時は「あ、あの音はあの人の音だな」と心の中で呟いて、さらっと流すようにしています。
冷たいようですが、これこそが相手を一人の大人として尊重する「境界線」なのだと実感しています。
2. 「答え」を出そうとする焦りを捨てる
次にやめたのは、人から悩みを聞いた時に、すぐに「答え」や解決策を提示しようとすることです。
昔の私は、友人から「仕事がしんどい」と聞けば「転職すれば?」と言い、家族が愚痴をこぼせば「こうすれば解決するのに」とアドバイスをしていました。
良かれと思ってのことでしたが、相手の顔はいつもどこか曇っていました。
ある時、少年野球の練習を眺めていてハッとしました。
熱心なコーチが、打席に立つ子供に「脇を締めて」「腰を落として」と指示を出し続けていたのですが、子供は頭がパンパンになって、かえって打てなくなっていたんです。
逆に、何も言わずに見守り、子供が自分から「どうすればいい?」と聞きに来た時にだけ一言添えるようなコーチの方が、子供はのびのびと動けていました。
人間も、答えが欲しくて話しているわけではない場合がほとんどです。
ただ口に出して話すことで、自分の中を整理し、自分なりの答えにたどり着きたいだけなんです。そこに横から答えを投げ込んでしまうと、相手の「自分で考える作業」を奪ってしまうことになります。
だから最近は、アドバイスをぐっと飲み込んで、「そうか」「それはしんどいね」「そうだったんだ」という言葉を大切にしています。
不思議なことに、何も解決策を言わない方が、「話せてよかった、スッキリした」と感謝されることが増えました。
3. 「沈黙」という名の余白を慈しむ
最後の一つは、「沈黙を無理に埋めようとすること」をやめたことです。
家で一人でいる時にテレビをつけっぱなしにしたり、電車で即座にイヤホンをしたり、会話の途切れを焦って話題で埋めたり……。
以前の私は、沈黙が怖くて仕方がありませんでした。
音楽において、音と音の間にある「休符」は、決して何もない時間ではありません。
休符があるからこそ、次の音が際立ち、メロディに余韻が生まれます。
ずっと音が鳴りっぱなしの状態はもはや音楽ではなく、ただの「騒音」です。
私たちの人生も同じで、空白の時間がないと、自分の本当の声が聞こえなくなってしまいます。
静かになると、「本当はこの仕事が嫌だ」「本当はこうしたい」という、普段蓋をしている本音が顔を出してくる。
それが怖いから、私たちは情報や音で隙間を埋めようとするのかもしれません。
私は今、あえて毎日5分だけ、スマホも音楽も消して、ただぼーっと外を眺める時間を作っています。
最初はソワソワしましたが、続けていると「ああ、今週は少し疲れていたな」とか「あの時、本当は嬉しかったんだな」と、自分自身と深く対話できるようになりました。
結論:人生は「引いていくゲーム」だった
振り返ってみれば、人生は何かを積み上げていくゲームではなく、いらないものを1つずつ削ぎ落としていく「引き算のゲーム」だったのだと感じます。
- 他人の感情を背負わない。
- 答えを出そうと焦らない。
- 沈黙を恐れず、空白を愛する。
この3つをこっそりやめるだけで、日々の景色は驚くほど軽く、静かなものに変わりました。
肩の力が抜けると、本当に頑張るべきところでしっかり頑張れるようになります。
今まで他人軸で生きてきた私にとって、これらは画期的な考え方で、それからはと言うものの自分軸で、悪く言うなら自分本位な生き方を送れるようになりました。
アフィリエイトを始めたのもその過程で、最初こそ頑張らなければいけない期間がありましたが、今では悠々自適な生活を送れています。
同じような人がいたら私がしているアフィリエイトのやり方を記載したPDFをお渡しするので実践してみてほしいです。
➡️受け取りはこちら

もし、今の生活に息苦しさを感じているのなら、まずは明日、5分だけ「音を止めて」みませんか。
その小さな引き算が、あなただけの人生のメロディを、より鮮やかに響かせてくれるはずです。





