「妊娠したことを後悔したことはある?」と、かつて母に尋ねたことがある。
なぜなら、私には大きなコンプレックスがあるからだ。
それは、「取り返しのつかない状況」に耐えられないという性分だ。
この性格のせいで、基本的に何かに挑戦することができず、決心もつかず、責任を取ることがとにかく苦手で、いろいろとめちゃくちゃになってしまっている。
この質問をした時、私はちょうど、ある大手企業からの内定を断ったばかりだった。もう二度と学生には戻れず、社会人として責任を取らなければならないと言われるのが我慢できなかったからだ。
本当にもったいない話で、逃げずに責任を果たしている同年代の友人たちに対して抱くコンプレックスに押しつぶされそうになっていた。
とはいえ、他人からどう見えるかといった外見を抜きにすれば、この世の大抵のことは reversible だと思っている。
それを分かっていても、責任を負わされるのが本当に耐えられない。人より多くの出来事から背を向けてきたと思うが、大抵の場合は元の道に戻ることができた。
しかし、女性の身体を持つ者として、永遠に不可能だと思うことが一つだけある。
それは、妊娠だ。
妊娠するということは、一つの命に責任を持つということだ。
一度命が始まれば、それは irreversible であり、その命に対する責任は何十年も続く。
私はそれがどうしても耐えられない。
そして、妊娠前後で、体調や体質は変化する。私の母も例外ではなく、骨盤は開いたまま戻らず、疲れやすくなり、髪の毛は細くなった……
母が私を妊娠していた10ヶ月の間、どこかで「タイムアウト!」と思ったに違いない。
一度は「こんなはずじゃなかった!赤ちゃんなんていらない、元の身体に戻して!」と思ったはずだ。
そう言われても私は傷つかなかった。むしろ、似た者同士だと笑い合いたくて、その質問をしたのだ。
しかし、母はこう言った。
「一度も後悔したことはないよ。だって、少しでも早くあなたに会いたかったから。」
嘘が苦手な母が、真っ直ぐにそう言った。涙がこぼれそうになり、私はそれを必死に隠した。
母は10年間、不妊治療を受け、10ヶ月間、私を胎内で温めてくれた。
きっと、私のせいで心身ともに辛い思いをしたこともあっただろう。
私は生まれつきのドーパミン中毒者で、同じ目標に向かって10年間努力したことなど一度もない。
もし10年間頑張れと言われたら、絶対に逃げ出す。きっと「そこまでして子供が欲しいわけじゃないし……」と呟いて、逃げ出すに決まっている。
でも、自分を普通だと思っている母は、
たった私に会うためだけに、10年と10ヶ月もの間、
一度も揺らぐことなく、人生を生きてきた。
もちろん、世代間ギャップもあるし、意見が合わないこともたくさんある。
でも、私にはできない。母のように、一途な愛情を誰かに注いで生きていくことは、私にはできない。
そんな、私が他人に注ぐことのできない偉大な愛情が、私に注がれているという事実は、本当に尊くて、ありえない奇跡だ。
だから、私は何があっても家族の味方でありたい、母の味方でありたい。たとえ、何を言い、何をしても、その恩返しには到底及ばないとしても。
会えてよかった。