俺は催眠アプリを作る会社に勤めている。
勤めているんだから仕方がない。催眠アプリは実在するか? する。うちの会社が作っているからだ。社長は天才なのだ。しかしこの会社は問題だらけである。問題しかないと言っていい。
まず、社長のビジネスセンスが終わっている。
どう終わっているかというと、催眠アプリを作っているくせにビジネスモデルが「広告収入」なのである。
催眠アプリに広告を載せる問題点は三つある。
①ユーザーが広告を飛ばそうとして催眠画面を見てしまう事故多発
まあこれは自業自得だから仕方がない。当社の催眠アプリは超強力なのですごいことになる。そもそもスマホは催眠画面を人に見せるのに向いてないデザインなのだ。
②広告の商品がバカ売れする
当たり前だが催眠画面をちょっと見たユーザーが広告の言いなりになった結果だ。これはもうしょうがないが、どう考えても当社はもっと広告料を得る権利があると思う。変なブロック消すパズル表示してる場合ではないと思う。
③まともな広告会社が相手にしてくれない
にもかかわらず、そもそも「催眠アプリ」なんてものを売っている関係上まともな広告主はいやがる。そのためうちの広告はもう基本的にはぜんぶしょうもないものばかりである。よそのゲームをパクってさらにそれをパクった、なんか溶岩と水を混ぜるゲームとかだ。
どう考えても、社長のビジネスセンスが終わっている。普通にサブスクにしろよ。そもそも顧客を催眠状態に出来るんだから。糞高いサブスクに登録させるぐらい余裕だ。
そんな状況だが、なんとうちの会社、一応黒字である。
この最大の要因は、当社が業界唯一の「本物の催眠アプリ」を開発できているからである。よそはできていない。アプリは社長が独自の理論にもとづいて作っており、再現性がない。
おれはずっと社長の技術を盗もうと思っているが、社長が催眠アプリについて言うことはわけがわからない。何も分からないまま働き続けている。
具体的には以下のような感じだ。
【社長の催眠アプリ開発テクニック】
・なんかこう、ガッっとくる感じにする
・0.5ピクセルの世界って……あるんだよ。絵には
・薔薇の美しさを思ってコーディングしろ
・プログラマは定期的にお祓いを受ける必要がある
・ところどころヌッとくる感じにする
・一匹のネオンテトラのように生きる
・眉間のチャクラと股間のチャクラを共鳴させる
・いいコードが書けると室内でも風を感じる
こんな感じだ。
社長が本当に技術者なのかも最近は分からなくなってきた。
なにしろ社長は、プログラムのことがあんまりわかってないふしがある。あとタイピングが異常に遅い。プログラマの基準どころか、一般のオフィスワーカーと比べてもかなり遅い。
しかし、社長の書いたコードは、異様な効率の悪さはあるが機能は一応するのも事実だ。とにかく何か妙なのである。社長の作業は、まるで、見えないノートに書くべきコードがすでに書いてあって、それを意味も分からず現実のキーボードで打ち込んでいるみたいに見える。
「たまには酒でも飲みませんか」
そんなある日、俺は社長を飲みに誘った。これは珍しいことだった。お互いあまり飲まないタイプなのだ。
「いいよ」と社長。
オフィスに一番近いファミレスに行った。近さ以外の理由はない。ふだんからよくメシに行っている店だから、飲みと言ってもたんに普段の食事にビールが追加されるだけである。
社長は酒が弱い。ビール一杯で顔が真っ赤だ。
「ねえ社長。もうこの技術米軍とかに売りましょうよ」
「お前は高い報酬と引き換えに一生監視される暮らしがしたいのか?」
「わりと本当っぽいことを言うなあ」
「もう米軍とは関わりたくないんだよね」
「……えっ関りが?」
「プロジェクト・サルガタナス……」
「えっ?」
「能力が発現したのは21人だった……」
「なんかの冗談ですか」
社長は答えず、うつらうつらとしている。疲れているのだろう。
やれやれ。世話の焼ける社長だ。
実は、他所から条件のいい仕事の口があって迷っていた……。それを考えるために、飲もうかと言ったのだ。が……とくに、気が変わるような話は出なかったな。そう思った。あいかわらずこの会社は儲からなさそうだし、十年後もファミレスでビールを飲んでいるかもしれない。
もう少し、この男についていってみようかと思う。
最近ちょっと「ガッとくる」がわかってきたところなのだ……。





