自己肯定感が低い人の「優しさ」が重荷に感じられる理由
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TL;DR
この記事では、自己肯定感の低さが人間関係における過剰な頑張りや自己犠牲につながる仕組みを解説します。それが結果としてパートナーの負担となり、与える側も精神的に疲弊してしまうという悪循環について考察します。
Reading the 日本語 translation
自己肯定感が低い人の特徴として、以下のようなものがあります:
「相手のことを考えすぎて疲れてしまう。」
「いつも自分より相手を優先してしまう。」
「断るのが苦手で、つい相手に合わせすぎてしまう。」
特に、「頑張りすぎてしまう」「完璧主義すぎる」「人に頼れない」という方々から、よくこんなメッセージをいただきます。「仕事では頑張れて成果も出せるのに、恋愛になると相手に気を遣いすぎてしまう」「優しすぎて、相手に振り回されてしまう」と。
実は、私も過去にまったく同じ経験をしました。かつては人間関係において完全な完璧主義者で、完全に「他人軸」でした。常に相手のことを考え、自分の感情は二の次にしていました。
相手が少しでも不機嫌になると、「私のせいかも」と思い、必死に機嫌を取ろうとしました。また、相手が「疲れた」と言えば、自分がどんなに疲れていても「大丈夫、私が全部やるよ」と言っていました。
しかし、そんなふうに生きていると、徐々に心の健康がすり減っていきます。「なんで私だけこんなに頑張っているんだろう」「私だけ我慢していて不公平だ」と思うようになりました。
その一方で、「こんなふうに思うのは自分勝手かも」「相手も我慢しているんだ」と自分を責めていました。まさに悪循環でした。
同じような相談をよく受けます。例えば、こんな経験はありませんか?
パートナーが「今週末、友達と会う予定があるんだ」と言ったとき、本当は一緒に過ごしたいのに、笑顔で「そうなんだ、楽しんできてね」と言ってしまう。
相手が仕事で疲れて帰ってきたとき、自分も同じくらい疲れているのに、率先して家事をして(自己犠牲を払ってでも)、「おかえり、何か作ろうか?」と言ってしまう。
あるいは、「料理ができない女性は女性じゃない」という信念を持っている人もいるかもしれません。実際は料理が嫌いなのに。
これを読んで、「あ、私のことだ」「めっちゃわかる」「共感しすぎて鼻血が出そう」と思った方もいるかもしれません。(まあ、鼻血は出ないでしょうけど。)
これは決してあなたのせいではありません。むしろ、あなたの「優しさ」や「思いやり」の表れです。「自己犠牲」は、相手を大切にし、幸せにしたいという純粋な気持ちから生まれます。
しかし、その優しさが行き過ぎると、結局あなた自身が苦しむことになります。関係性が辛くなります。そして皮肉なことに、相手にとっても「重い」と感じられてしまうのです。
「え、優しいことがどうして重いの?!」と思うかもしれません。
でも考えてみてください。もし、あなたの周りに、いつもビクビクしていて、本音を言わず、ただひたすらあなたの望む通りに合わせてくる友達がいたらどうでしょう?最初は「なんて優しい人なんだ」と思うかもしれませんが、次第に「この人の本心が見えない」「本当は何を考えているんだろう」「なんだか申し訳ない」と不安になってきませんか?
そして何より、その友達が我慢しすぎて疲れてしまったら、「私のせいで疲れさせてしまった」と罪悪感を感じるか、あるいは「この人、ちょっと重くない?」と思うのが自然ではないでしょうか。
恋愛でも同じことが起こります。優しすぎる、敏感すぎる、頑張りすぎることは、かえって関係を不安定にしてしまうのです。
先ほども言いましたが、私自身もその悪循環の真っただ中にいましたが、あることに気づいてそこから抜け出すことができました。それは、「本当の優しさとは、自分も相手も大切にすることだ」という気づきでした。
自分を犠牲にして誰かに尽くすことは、一見優しそうに見えます。しかし長い目で見れば、あなた自身も相手も不幸にする可能性があります。
詳しくはこちら: 恋愛で心が折れないための「優しい人」「いい人」「頑張りすぎる人」の思考法 ~自分の軸と境界線を取り戻す~


