それでも私たちは今日、共に光へ向かう:すべてを終わらせようと考えたあの日からの物語

@natsui_tanoshi
日本語2 日前 · 2026年7月19日
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TL;DR

エッセイストの Natsui が、トラウマや職場での人間関係の悩み、そして自死念慮を乗り越えてきた道のりを綴る。彼女が発信する公的な楽観主義は、思慮が浅いからではなく、苦難の末に勝ち取った意志の選択であることを説く。

※センシティブな内容のエッセイの為、メンタルに不安を抱えている方は読まない方がいいかもしれません。よろしくお願いいたします。

エッセイに対する、批判的な意見が気に食わないわけではない。ただ「こんなただ明るい人間の言うことは受け入れられない」という意見にだけは、内心カチンと来ている。

確かにわたしはネアカだと思う。でも、ただただ明るいわけではない。どれだけ嫌なことがあっても、どれだけ辛いことがあっても「それでも明るくいる」と選択を絶対に諦めたくないだけだ。それにわたしは絶望自体を武器にするのではなく、絶対に説得力として使い続けることに決めている。というか、本にそう書いているのだが。

明るく振る舞っているだけで何も考えていない人という扱いをしてくる人がいることは、正直もう分かっている。分かっているからこそ、そのくだらなすぎる風潮に抗うためにも、絶対に明るくいてやるんだと意地になっているのもある。創作は暗い人間のもの、モテない人間のもの、持っていない人間のもの、確かにそういう側面があってもいい。それに救われる人も沢山いることだろう。素直に、素敵なことだ。でも、そうやって自分の属するコミュニティの空気に従っているだけなのであれば、その方がよっぽど何も考えてないだろ、と思い続けている。そういう風潮を1つでも疑えない人間の言うことを、わたしは信じない。そんなの、学校の中心にいる人たちをバカにしていた人たちが、また別の土地に学校を建ててその空気を再生産しているだけじゃないか。ただ、その学校の不登校児が、わたしというだけだ。

確かにわたしは客観的に見たら、恵まれているのかも。クラスの中心にいたこともあるし、友達もそれなりにいるし、恋愛も結婚もしようと思えば出来るだろうし、ありがたいことに商業出版もしているし、なんかフォロワーも多いし、職歴はスカスカだけれども「昔、エッセイやってましてん、本も出してますねん、インフルエンサーですねん、えへへ……」とかへらへら言ってどこかで働くことができる程度の社交性もあるから食いっぱぐれもないだろうし。

そういうものを得られなくて執着している人を小馬鹿にする人も多いけど、最低限社会に馴染んでいることによって得られる心理的安全性は存在すると思うし、人生がままらない時に自分が得られなかったものを天竺や黄金郷として設定しまうのって当然だとわたしは思う。その気持ちがわたしにもちょっとだけわかるし、でも、絶対に完全にはわからない。だからきっとあなたがたもわたしのことはちょっとだけわかるし、完全にはわからないのだと思う。

わたしは未だに、銀のエンゼルが4枚集まってはいつの間にか1枚失って、一生おもちゃの缶詰は手に入らないような気持ちで人生を送っている。この辛さを完全に知り得るのは、わたしだけ。それが他人から見たら「銀のエンゼルがどんどん手に入って羨ましいね」という風に見えているのだと思う。

「人には人の地獄がある」とわたしの尊敬する人も言っていたけれど、「わたしの経験してきた地獄、全部くらってヘラヘラ生きられる人、わたし以外にいるのか?」と本気で思う時がある。

そもそも、わたしの人生って恵まれているのか?親のことは信頼しきれないままだし、小学校の頃は空気が読めなすぎて学校で人気者だったりいじめられっ子だったりを繰り返していたし、本を買って帰ったら30分で波打って1か月でカビだらけになる意味不明な家に住んでいたし、中学校の頃に「別にそんな悪くないだろ」ということをブログに書いたら先生を怒らせてしまって部活もクビになって先生の圧力で全員から無視されていた時期もあるし、その頃唯一仲良かった友達は自殺しているし、高校の頃は人間不信過ぎて会話不可になってしまって先輩3人と8時間いて「ペン貸して下さい」しか喋れなかった時期もあるし、そのうちの1人の先輩はやっぱりもう死んでいるし、浪人生の時に変な人と付き合ってしまったのがくらいすぎて1日17時間ぐらい寝ていたことあるし、人生のすべてを賭けていた夢も特に叶っていないし。それを腕力と気合いだけで全部捻じ曲げようとしてきただけで。

それに、今では多くの人に文章を読んでいただいているけど、地元にいた頃、わたしの言葉なんて誰にもまともに通じたことがなくて「意味わからない」「難しいこと考えてるんだね」でおしまい。今はラッキーなことに心から愛している人間が周りに沢山いるけど、今でもわたしの言葉がわたしが思っているのと全く同じ形で伝わっていると思うことは少ない。さっき書いたのとはまた別の尊敬する人が「わかってくれないと思うならわかるまで言葉を尽くすべき、努力不足」というようなことを言っていて、共感しているから言葉を尽くすように努めているものの、それでももう感性の違いで絶対に伝わらないことってある。わたしは結構、自分のことをエイリアンだと思っている。

そんな中、生まれて初めて「あっ、この人には話が通じているかも」と思ったのが、大学時代の親友(詳細:https://x.com/natsui_tanoshi/status/2038127646299533597)で、毎日のように異常なほど語り合い、世の中と誰かを呪い殺し、徹底的にお互いに対して優しく居続けた。

親友に見せる為だけに真剣にブログや手紙を書き続けていたし、親友もそうだったから、今文章を仕事にしているのは親友のおかげでもあると思っているし、わたしの文章や価値観は親友からの影響がとにかく大きい。遅れて、新しい夢まで与えてくれてありがとう。

親友の与えてくれた愛情は圧倒的に正しく、そして一切ブレることがなかったから、未だにそのような愛情を人に対して持てたらと思う。あなたのおかげでわたしは今日も出来るかぎり明るく優しくいようと思える。

当時は夢なんてなかったわたしは、仕事なんて本当はどうでもよかったけど、親友と居続けるためにも自分の生活だけはきちんとしようと思った。

そこがエッセイでも何度か書いている、出社した時点でもう既にブチギレているおばさんが4体配置されている最悪のチャンピオンロードのような会社で、どーーーーーーーう考えても異常な環境なんだけど初めて入った会社だったから「社会って厳しいな~(泣)」と思っていた。おそらく会社ガチャを100回引いても、あのぐらい最悪の会社は引けないと思うぐらい最悪だった。そういうのをくらってきたから、年下の社会人にはできるかぎり優しくいたいなと思っている。

絶対に辞めた方がいいのに、世間でよく聞く「最初に入った会社は3年は辞めてはいけない、再就職が難しいから」という言葉を鵜呑みにしていたわたしは「3年はやめないぞ」と気合いを入れ直していた。ちなみに結果的に3年以内で辞めたけど、あっさり転職出来たし、周りもそうだったので、ヤバい会社で歯を食いしばっている人は今すぐやめてOK。

地方の支社だったので人と会う回数も減り、会社でもまともに会話をしていなかったので、親友からのLINEだけが心の支えだった。

それでも、どんどん心がおかしくなっていった。人通りが少ない地域に住んでいたとはいえ、ストレスのあまり道端で平気で歌をうたっていたし、休日もだいたいイオンの異常に安い発泡酒を6本セットで買ってきて、公園でずっと飲んでいた。

なんなら仕事前に飲んで、仕事中にぶっ倒れそうになったこともある。今思うとぶっ倒れて、早くクビになればよかったんだよ。

もう最後の方は人の形を一切保ってていなかった。自分が何を考えていて何がしたいのかを、振り返る余裕が一切なく、今思うとあり得ない行動を繰り返していた。誰に何をされたって「人格は環境によって簡単に変化するもので、そんな硬い金属のようなものではない」と思ってしまうのは、あの頃の自分を思いかべているからだろう。

倒れ始めてしまったドミノはもうわたしのいる場所からは、止めらない位置まで来ていた。そしてついに、親友と大喧嘩をした。お互いの連絡先を消し、それから今に至るまで一切喋っていない。92%ぐらいはわたしが悪い。8%ぐらいは「わたしが絶対的な壊れないものだという前提で何もかも背負わせすぎなんだよ」とキレたい。ただ、やはり92%ぐらいはわたしが悪い。でも、わたしはただ真面目に守りたいものを守りたくて一生懸命だっただけだということも、わかってもらえたら嬉しかった。

寝て起きる度に「わたしの人生にもう親友はいないんだ」と思って絶望した。ずっとずっと一緒に居続けたからこそ、いないということが、あまりにもくっきりと浮かび上がっていた。頭の中のすべてのツーショットから親友が消えて、不自然な空白が生まれてしまった。

「1人でも楽しく生きられるようにしておくべき」「誰かに依存して生きるべきではない」なんていう正論はいくらでも思い浮かぶし、わたしもどちらかというとそういう考えの人間だけど、そんな正論知るかよと思うぐらいわたしにとって親友は大切な存在だった。

今でも小沢健二の『さよならなんて云えないよ』の「嫌になるほど誰かを知ることはもう2度と無い気がしてる」というフレーズを聴くと親友のことを思い出す。

さっさと忘れれば楽だったのだろうけど、親友のことを忘れてしまったらあの日々も影響を受けたわたし自身も失う気がして、血まみれで思い出を握りしめた。忘れたら、わたしはもうわたしではなくなってしまうから。

仕事が辛かったことも含め、完全に壊れてしまったわたしは朝から晩まで泣き続け、感情を殺したり、外に出る為に朝からストロング系チューハイを飲み、道端で「◯にたいな~!」と1日100回ぐらい呟いていた。フリー素材になっていた可能性があるから、TikTokがある時代じゃなくてよかった。

そして、毎回その状態でパチンコ屋へ行き、なぜか不思議なもので毎回勝っていた。もしかすると、神様が生かそうとしてくれたのかもしれない。でも、それでも全然店内で「◯にたい~!」と言っていた。店員からすると全く意味不明の状況。周りにも「もし、◯◯するときは猟銃の免許を取って、1番嫌いな人を◯してから◯◯する」という、なんで大犯罪するのに免許のところの法律は守るんだよという発言をしていた。もうどう考えても、ヤバい。実際にベランダに足をかけるところまで行ったこともあり、もう1缶お酒を飲んでたら、今この世にはいなかったと思う。でもお酒が完全に悪とは思っていなくて、わたしがあの頃生きる為には、絶対にお酒が必要だった。

そうしてどうにか生き延びていたら、友達がその状況を理解してくれたり、心を動かされるような文章やエンタメと出会うことが出来て、少しずつではあるが人間らしさを取り戻すことができた。やっぱり最終的には、わたしは恵まれているのだと思う。

今でも、そのすべての出来事で受けた傷を完全に回復したとは言えない。でもわたしは、色んな人の誠実さや愛情に支えられてどうにか生きているのだから、何があってもいじけずに明るくいたい。それがみんなや親友からもらったものを返していく、唯一の手段でもあると思うから。

やっぱり「こんなただ明るい人間の言うことは受け入れられない」なんて意見は、ただの想像力の欠如でしかなく、人のことをなめていると思う。明るい人が何も考えてないわけではないぞ。

わたしは、絶対に自分も他人も人生も信じ続けたいし、転げ回ったって光を見失わないように生きたい。何かを信じる中で裏切られる瞬間も多々あって、その度に心から血が流れるから、そもそも逃げ出したくなってしまう気持ちも分かる。けど、一緒に大事なものまで手放してしまうのは、いつかもっと辛くなるから、今日も血みどろで現実を直視する。

長く生きていればいいことがあるなんて、口が裂けても言えない。そういうことを言ってる人に「お前だからそうだっただけだろ」とすら思うことがある。わたしだってきっと、そう思われている。

でも、「わたしも自分と自分の人生を諦めないから、まだ諦めないで欲しい」とは言えるんじゃないかと思っている、信じることや光を探すことってほんっっっとうに辛い、それでも今日も一緒に光の方へ。

https://x.com/natsui_tanoshi/status/2010292617377153348

エッセイ集を出しています~!重版しました✌よろしくお願いします!本は本当に買って欲しい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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