職場に、どうしても苦手な人がいた。
けなすような一言を平然と言ってくる。人のミスは執拗に咎め、自身のミスは誤魔化そうとする。こちらの話を最後まで聞かずに遮っては、自分に有利な言葉で周囲を丸め込もうとする——その人と関わったあとには、必ず私の中で何かが少しずつ削れていった。
「あんなやつ、人間だと思わない方がいいよ」
同僚にそう言われた。どうやら、それくらいの相手らしい。関係をどうにかしようなんて考えず、境界線を引いて、あとは自分の仕事だけに集中する——そんな、たくましくて、柔軟な思考を持った人に私もなりたかった。
でも思うようには、すぐなれなかった。
私にだって至らないところがある。気が利かないこともあれば、言葉足らずで誰かを戸惑わせたこともあるだろう。仕事も遅いし。
そう思うと、相手の振る舞いばかりを裁く資格が自分にあるのか、わからなくなった。
ただ冷静に考えると、裁く必要なんてそもそもなかっただろう。
気にせずいればいい。嫌われたっていいじゃないか。どうせ仕事だけの付き合いなわけだし——
何度も何度もそう思っても、私は毎日苦手な人に迎合していた。相手の機嫌がわるくならないように努め、嫌われることを恐れた。毅然としていられない。
私は自分で、ずっと気づいていた。
よく私は人に、「やさしい人だね」と言われるけれど、そんなことはない。気を遣うのも、顔色を読むのも、相手を傷つけたくないからではない。
愛情でも配慮でもなく、ただのリスク管理。相手のためではなく、嫌われた後に自分が崩れていくのを防ぐための行動だった。
私がしていたのは、「嫌われたときの自分」を守るための保険がけだったのだ。
敵対する可能性を恐れてしまう。その状況になったとき、私は職場に存在することすら難しくなることが目に見えていたのだ。
だから過剰に迎合し続ける。穏便にとにかく済ませたい。しかしながら、心はひどく消耗し続ける。どちらにも逃げ場がない。
人間関係の悩みを溶かすためには、よく「嫌われる勇気を持て」という話が挙がるだろう。
でも今の私にはわかる。それには、“順番”がある。
勇気の前に必要なのは、「嫌われても、私は私のままでいられる」という、自分への最低限の信頼だ。
自己信頼がないと、どうなるか。
職場の苦手な人を「気にしないようにしよう」としても、生存が脅かされるような恐怖が上回ってしまう。
では、どうすれば「嫌われても、私は私のままでいられる」と思えるようになるのか。また、苦手な人がいる職場で、どうすれば大きなストレスを感じずに働けるようになるのか。
ひとつ言えることがある。
「嫌われてもいい」という感覚は、根性や開き直りで手に入るものではない。それは、相手に合わせた動き方を知ることで、初めて生まれてくるものだと私は思っている。
どういうことか。
苦手な人への対処法を知らないまま向き合うと、人はどうしても「うまくやらなければ」という一点に意識が集中してしまう。でも相手のタイプに合わせた柔軟な動き方を身につけると、少しずつ変わってくる。
相手が怖いのではなく、対処の仕方がわからなかっただけだったと気づく瞬間が来るはずだ。
その気づきが、自分への信頼に変わっていく。私自身も、そうして自分への信頼を積み重ねている。
ここからは、職場でよく出会う「苦手な人」を以下の5タイプに分けて、それぞれへの具体的な向き合い方を考えていく。
- 威圧型(声が強い・圧をかける・怖がらせる)
- 無視型(挨拶しない・返事しない・存在を消す)
- ネチネチ批判型(細かく責める・過去を蒸し返す)
- 気分屋型(機嫌で態度が変わる)
- マウント型(見下す・自慢・優位アピール)
対処法を知ることは、相手を操作することではない。自分が振り回されなくなることだ。そしてそれは同時に、「この人に嫌われても、私はちゃんと動ける」という感覚を、少しずつ体に教えていくことでもある。
嫌われる勇気は、こうした小さな体験の積み重ねの先に、気づいたら持っているものである。





