給付金10万円でFender Jaguarを買った日、私は完全にカートコバーンだった。
エフェクターも全部揃えた。DS-1、DS-2、Sansamp Classic、Small Clone。緑のカーディガンも買った。ダメージジーンズも穿いた。鏡の前に立って、まあまあ満足した。
半年後、全部メルカリに出した。
これは「好きなギタリストの機材を揃えれば最高の音が出る」と信じて散財し、見事に失敗した私の話です。同じように憧れの機材を買い集めている人、あるいはこれから買おうとしている人に、私の屍を越えていってほしい。
カートコバーンになりたかった
きっかけはNIRVANAだった。
Smells Like Teen Spiritを初めて聴いたときの衝撃は、10年経った今でも覚えている。あの荒々しいギターリフ、ぶっ壊れそうな歪み、そしてSmall Cloneで揺れるギターソロ。「この音を自分で出したい」と思った。
いや、正直に言う。「この音を出したい」じゃなくて、「カートコバーンになりたかった」のだ。
私は当時、食品工場で働きながらギターを弾いていた。妻と子どもがいて、派手にお金は使えない。でもちょうど特別定額給付金が10万円配られるタイミングだった。
Fender MIJ Traditional 60s Jaguar。当時の価格でちょうど10万円。
本当はカートコバーンモデルのJaguarがほしかった。ハムバッカーが載っていて、カートの太い音が出るやつ。でも約5万円高い。妻子持ちに5万円の差はデカい。
「通常モデルでもJaguarはJaguarだろう」と自分に言い聞かせて、給付金を全額突っ込んだ。
フルコンプという名の暴走
Jaguarを手に入れた私は、完全にブレーキが壊れた。
カートコバーンが使っていたエフェクターを片っ端から買い集めた。BOSS DS-1。これはカートサウンドの肝だ。BOSS DS-2。ツアー中にDS-1が壊れて買い替えたやつ。Tech 21 Sansamp Classic。Electro-Harmonix Small Clone。
Small Cloneを繋いでSmells Like Teen Spiritのギターソロを弾いたときは、本当に感動した。あの「ゆらぎ」が自分のアンプから出てくる。指が震えた。
「やった。これでカートコバーンの音だ」
ギターの師匠であるHさん(元バンドマン・ベテランギタリスト)に会ったとき、開口一番にツッコまれた。
「ちょwまんまカートじゃないすかwドハマりしてますねw」
ファッションのことだった。緑のカーディガンにダメージジーンズ。機材だけじゃなくて、見た目までカートコバーンだったのだ。
今思えば、あれは「機材選び」じゃなくて「コスプレ」だった。
oasisが全部壊した
転機はoasisだった。
NIRVANAを聴き込んでいるうちに、同時代のブリットポップに興味が移った。Wonderwallのアルペジオ、Don't Look Back in Angerのコード進行。ノエル・ギャラガーのギターは、カートコバーンとは真逆のサウンドだった。
「oasisの音を出したい」と思った瞬間、目の前の機材が全部敵になった。
Jaguarのシングルコイルピックアップは、oasisの太くて丸いクリーントーンとは相性が悪い。DS-1をオフにしても、DS-2をオフにしても、Sansampを外しても、どうあがいてもカートコバーンっぽい音にしかならない。
当たり前だ。カートコバーンの音を出すために全部揃えたのだから。
たこ焼き器でパンケーキは焼けない。
このとき初めて気づいた。「特化型の機材を揃える」とは、「それ以外の音を捨てる」ということだったのだと。
「ああもういっか」の全売却
結局、全部売った。
Jaguar。DS-1。DS-2。Sansamp Classic。Small Clone。緑のカーディガンは……さすがにメルカリには出さなかったけど、もう着ていない。
揃えている時は楽しかった。Small Cloneであのソロの「ゆらぎ」を再現できた瞬間は、本当に楽しかった。
でも冷めたときの虚しさは、楽しさの3倍くらいあった。
「ああもういっか」
その一言で、カートコバーン時代は終わった。
面白いのは、カートコバーン本人は安いギターも平気で使っていたということだ。Univox Hi-Flierというかなりチープな作りのギターを初期から愛用していた。カートの音は機材じゃなくて、カートのプレイスタイルと声と衝動から生まれていた。
私は「カートの機材」を集めたけど、「カートの音」は手に入らなかった。そりゃそうだ。カートはカートで、私は私だ。
同じ失敗を繰り返さなかった話
oasisにハマった私は、あることをしなかった。
oasisの機材を揃えなかった。
Epiphone Riviera(ノエルの定番ギター)もチェックしたし、ほしいと思わなかったわけじゃない。でもカートコバーン沼で学んだ。「また趣味が変わったら全部無駄になる」と。
代わりに考えた。
「NIRVANAも弾けて、oasisも弾けて、GLAYもBOOWYもファンクもゲーム音楽も弾けるギターはないか?」
答えは意外とシンプルだった。
ストラトキャスターとレスポール。この2本があればだいたい何でも弾ける。ストラトのシングルコイルでクリーンからカッティングまで、レスポールのハムバッカーで太い歪みからジャズまで。
たこ焼き器を捨てて、ホットプレートを買った。
1万円のギターで十分だった
「万能型を選ぶ」と決めた私が次に選んだのは、PLAYTECH ST250だった。
1万円。
正確に言うと、サウンドハウスで税込み1万円ちょっと。Fender Jaguarが10万円だったことを考えると、10分の1の値段だ。
「失敗してもいいや」くらいのノリで注文した。届いて開封して、弾いてみて、笑った。
ふつうに使える。
塗装はきれい。ネックの処理もきちんとされている。バリもない。音も、まあ10万円のJaguarと比べたらそりゃ違うけど、THR10IIのアンプモデルとエフェクトで「それっぽい音」はいくらでも作れる。
ギターマウントをとられたら全戦全敗だ。「PLAYTECHっすか……」と鼻で笑われるかもしれない。
でも、一人で弾くなら無問題。
もう1本、Epiphone Les Paul Standard EBをメルカリで買った。レスポールの太い歪みが欲しかったから。これも安く手に入った。
合計しても、カートコバーン時代の半分以下の出費で「全ジャンル対応の2本体制」が完成した。
買う前に「半年後の自分」を想像する
カートコバーン沼で学んだことを、3つだけ書いておく。
1. 特化型より万能型を選べ
たこ焼き器ではなくホットプレートを買え。たこ焼きにしか使えない機材は、たこ焼きに飽きた瞬間にゴミになる。ストラトとレスポールがあれば、だいたいの料理は作れる。
2. 「ほしい」と「必要」を分けろ
カートコバーンのJaguarがほしかったのは本当だ。でも「必要」だったかと聞かれると、答えはノーだ。給付金10万円があったから買えたけど、あの10万円で万能ギターを1本とアンプを買っていたら、もっと長く楽しめたはずだ。
3. 「半年後もこの機材を使っている自分」が想像できるか?
これが一番大事。カートコバーンの機材を買う前に「半年後もNIRVANAを弾いているか?」と自問していたら、たぶん買わなかった。音楽の趣味は変わる。好きなバンドも変わる。そのときに「まだ使えるか?」を考えてから買うだけで、無駄遣いは激減する。
ギターは「生涯の友達」だから
散々失敗した私が今たどり着いたのは、「楽しいかどうかが全て」という結論だった。
高い機材だから楽しいわけじゃない。憧れのギタリストと同じ機材だから楽しいわけでもない。自分の手に馴染んで、弾きたいときにさっと手に取れて、どんな曲でも「それっぽく」弾ける。そういうギターが、一番楽しい。
ギターは生涯の友達だと思っている。
沈黙が続いても気まずくない。思い立ったときに連絡を取れる。無理しない関係。そういう友達に、ブランドも値段も関係ない。
もし今あなたが、好きなギタリストの機材を全部揃えようとしているなら、一度立ち止まってほしい。
「半年後もその音楽を聴いている?」 「その機材、他の曲にも使える?」 「たこ焼き器じゃなくて、ホットプレートじゃダメ?」
私の屍を、越えていってほしい。





