食欲も普通。眠れてもいる。
なのに、私の心は壊れかけていた。
うつ病のサインとしてよく語られるのは、食欲の低下、眠れなくなること、家事ができなくなること——私はそのどれも、当てはまらなかったときがある。
日常はある程度送れていたからこそ、自分の状態に、なかなか気づけなかった。
当時、私を最も苦しめていたのは「連絡ができなくなること」だった。
友人知人、家族からの連絡を返すことができなくなってしまった。
そして、最も重大なサインとして、「仕事での報連相もできなくなった」ことが挙げられる。
上司や先輩から理不尽を浴び続けていたわけではない。
「これくらいは自分でやらないと」と思いながら、少しずつ抱えすぎていった。周りに頼れる人はいたはずなのに、なぜか声をかけられなかった。この程度のことで、相手の時間をとってはいけない。完璧にできないなら、言い訳になる——そう思っていたから。
そんな日々が負債のように積み重なっていき、心が徐々に圧迫されていた。
今振り返ると、3つの機能が順番に止まっていた。
まず、自分の状態を認識する回路が壊れた。
「今、何ができていないのか」がわからなくなった。できていないのはわかる。でも、何が、どのくらい、なぜ——その輪郭がつかめない。
次に、それを言語化する装置が止まった。
頭の中はモヤのようで、言葉にならない。メールを書こうとすると、文章が霧に溶けていく感覚だった。近くに頼れる人がいても、心がまとまらない。
そして最後に、「助けを求めるべきだ」という判断すら、浮かばなくなったのだ。
これがとても静かで、最も危険な状態だった。
食欲がなくなったり、眠れなくなったりすれば自分で気づく。
でも、報連相ができなくなることは、「私は仕事ができない」という自己嫌悪にしかならなかった。サインではなく、欠陥として自分で処理してしまった。
この経験から、私は考え方を変えた。
「報連相ができる自分」を目指すのをやめたのだ。
どれだけ意識しても、「これくらいは一人でやらなきゃ」と抱え込んでしまう自分は、そう簡単には変わらないとわかったから。
代わりに、「報連相ができなくなる自分」を前提にした環境をつくることにした。その方がずっと現実的だった。
私は、基準をまず下げた。
「ちゃんと報告しなければ」を
「雑でも不完全でも、音信不通よりマシ」に変えた。完璧な報連相を諦めることが、命綱になると気づいたからだ。
次に、少しでも調子が落ち着いているうちに、仕組みを作った。
たとえば——
・「今、調子が悪いです」だけを書いた定型文を用意した
・上司に、自分が報連相できなくなるパターンをあらかじめ説明した
・「連絡が途絶えたら、声をかけてほしい」と先輩にお願いした
・自分から発しなくても話せる場として、定期的な1on1を設けてもらった
そして最も重要だったのは、どれだけ心が追い詰められても、「今、調子が悪いです」——その一言だけは連絡すると決めた。
説明しなくていい。 謝らなくていい。 それだけでいいという許可を自分に出すことが、崩壊を何度も食い止めた。
完璧な自分になろうとするのではなく、不完全な自分が生き延びられる環境をつくること。
それは諦めではない。
自分の構造を正確に理解した上での、最も現実的な自己防衛であり、自分への誠実さだと思う。
「食欲も普通、眠れてもいる」から、大丈夫とはかぎらない。
あなた自身は、どうだろう。
できなくなっていること、まずはそれに気づくこと。
そして、不完全なまま、人を頼っていいと知ることだ。





