こんにちは、影山優佳です。
みなさまのタイムラインに、お邪魔します。
Netflix『ダウンタイム』がついに配信開始となりました。👏
すでにたくさんの方にご覧いただき、さまざまな反響もいただけて光栄に思います。

ダンスの自主練中の善子とひなの。
私が演じるのは、整形をして人生を変える善子の親友・橘ひなの。
オーディションで選んでいただいた大切な役です。(ありがとうございます!)
ここからはなるべくネタバレにならないように努めながら、
この作品に関わらせていただいて、みなさんの感想を拝見して感じたことを記してみたいと思います。また、ここに記したことは私個人の考えに過ぎません。
今回の作品で、大きなテーマとなっているのが「整形」です。
みなさんは、「整形」という言葉にどんな印象を持つでしょうか。
肯定的な人もいれば、否定的な人もいるでしょう。身近に感じる人も、自分とは遠い世界の話だと思う人もいるでしょう。
(私は特定の意見について評価したり批判したりする立場にはありません。)
私もこの期間にたくさん考えました。
整形について。
美しさについて。
そして、「自分の価値」について。
そもそも私たちは、どうして「変わりたい」と思うのでしょう。
たとえば、
「綺麗になったね」「痩せたね」
そう言われたら、私は嬉しいです。ぬか喜びします。
それは、見た目が美しくなったことを自覚できるからという理由だけではなく、
その人が以前と比較して評価を出せるほど私のことを見てくれているんだということが嬉しく感じるからだと思います。
私は承認欲求の塊ですから。
人からもらった言葉をおまじないにして、
更なる魅力のために努力を続けることができる。そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。
ただ、褒め言葉は呪いにもなります。
おまじないは、呪いです。
「痩せたね」と言われた次の日から、その体型は維持しなければならないものになるかもしれない。
「今の方が綺麗」と言われたら、昨日までの自分が、戻ってはいけない場所になるかもしれない。
「綺麗になりたい」という願いは、いつの間にか「綺麗でいなければならない」という義務に姿を変えることがあります。
「自分のために綺麗になりたい」
もちろんそれは嘘偽りのない感情です。
ただ、その「自分」の中には、案外たくさんの人が住んでいると思います。
好きな人。
友人。家族。
仕事で出会った人。
SNSで見た誰か。
昔言われた陰口。
褒め言葉。
それらを全て取り除いたあとに残る「純粋な私の美意識」は果たして存在するのでしょうか。
私の「美しくなりたい」は、本当に全部、私の声なのでしょうか。
そんなことを考えながらお芝居しました。

善子とひなの。実は現場の初クランクアップが影山でした💐
また、
美しさには、明確な限界がありません。
もちろん美容医療の現場にも医学的な安全性や適応があり、医師という専門家がいます。
けれど最終的に「私はこれで十分だ」と感じる地点を、数字だけで決めることはできません。
「もっと綺麗になれるよ」と言ってくれる人は案外たくさんいるのに、
「もう、ここで終わっていいよ」と決めるのは、自分自身しかいません。
青く美しい天井の先には、私たちの心を盲目にするブラックホールが待っているのです。
そんな「美の追求への危うさ」を謳っておきながら
「ありのままの自分を愛せばいい」という言葉もまた、無責任だと私は思います。
本作の1,2話のテーマでもあるように、
外見が実力相当の評価基準となっている場面に現代社会では出会します。
そんな中で「努力」のベクトル(方向と程度)をどうするか考えた時に、
「スキル」や「学歴」といったものたちに並んでくるのも、この社会で生きる者としてよく理解します。
自分の責任を自分で取らねばならぬこの世界で、
今の自分を愛せない瞬間があってもいいし、変わりたいと願ってもいいと思います。
変える自由があり、
変えない自由もある。
ならば途中でやめる自由もある。
やってみて、原石の美しさに気がついて、元に戻りたいと思う自由だってある。
ただ、美しさの不可逆性に気づいて後悔する場面も往々にしてあるはずだということは、私自身も人前に立つ立場の人間のひとりであるからにして、言葉にしておきたいです。
あなたは、美しいのです。
あなたの美しいところは、あなたが知っています。
……などとしばらく考え込んでいると、
この作品のタイトルでもある「ダウンタイム」という言葉に思考が戻ってまいりました。
作中では、凛先生がダウンタイムを「さなぎが殻を破って蝶に生まれ変わるまでの大切な時間」と表現しています。
術後の包帯を、繭に見立てる。
なんて言い得て妙なんだろうと思いました。
私も、蝶が好きです。
名前も文字も何もない蝶のLINEスタンプを二つ持っているくらいには、蝶が好きです。
羽を広げた蝶は美しい。
煌びやかな鱗粉を振り撒いて
自由に飛んでいく。
さなぎの期間は蝶になるために必要な、蝶の人生そのものです。
それなのに私たちは、自分の人生については「蝶になった瞬間」ばかりを重視してしまいます。
夢を叶えた。
綺麗になった。
何者かになった。
そういう瞬間はわかりやすいし、周りも祝ってくれる。
でも人生のほとんどは、その間にあります。
まだ夢を叶えられていない時間。
何者なのか自分でもわからない時間。
自分のことを好きになれたり、なれなかったりする時間。
私自身、きっとこれからも何者かになりたいと思い続けるでしょう。
もっと素敵なお芝居がしたい。
もっと知らないことを知りたい。
夢を持ちたい。叶えたい。
自分を好きになりたい。
蝶になりたいのなら、さなぎにならなければならない。
少なくとも、私たちが不完全変態の生き物でない限り。
変わろうとしている途中の自分を、まだ何者でもないからと切り捨てずに。
さなぎになることを選んだ自分自身を、信じてあげられるようになりたいです。
『ダウンタイム』では、その是非ではなく、私の「成り方」を教えてもらったような気がしています。

役の勉強のために声優のレッスンも受けさせていただきました!学生証うれしかったな。
ネタバレP.S.
流行りの"フレネミー" 史上最悪のフレネミーすぎて、もはや普通にエネミーではと思ったひなのさんでした。ごめんね。
最後にひっそりとお知らせ。
先日フォトエッセイ『影まで愛して』を発売しまして、その重版記念・大阪お渡し会を開催する運びとなりました📚
ご興味あればぜひ会ってください☺︎
https://enta-go.com/shop/event/EV2600013
日時:10/3(土) 18:00〜/19:00〜
場所:HMV SPOT 天王寺
書籍の詳細は以下よりチェックしてみてくださいませ。こんなかわいげのない文章が無造作に敷き詰められています。🦋





