約10年前、世界的に有名なコンピュータ科学者が断言しました。
「AIで最初に消える仕事は、放射線科医だ」。
10年経ったいま、この予言は半分だけ当たりました。
この逸話を語ったのは、NVIDIAのCEO、ジェンセン・フアン。2026年5月に公開された、Milken Instituteの講演でのことです。
まず、当たった半分。
コンピュータビジョンは、スキャンを読み解くという狭いタスクで、完全に超人的になりました。
人間より長く集中し続けられて、人間には見つけられない小さな異常まで拾える。フアンいわく、10年後のいま、放射線科にはAIが100%浸透しています。
でも、外れた半分が強烈でした。
放射線科医という仕事は、消えなかった。それどころか、真逆のことが起きたんです。
読影をAIが担うことで、医師はより多くのスキャンを読めるようになった。より多くの患者を受け入れて、病気をより正確に診断できるようになった。
結果、病院の収益は上がり、放射線科は病院で最大級の収益部門になり、いま病院は放射線科医をもっと採用したがっている。
フアンはこうも指摘しています。
もし全員があの予言を信じて、放射線科医を目指す人がいなくなっていたら、世界はこの決定的に重要な人材を失っていた、と。
「AIで自分の仕事もいつか消えるかも」と、ニュースを見るたびモヤッとしてる人にこそ、この逆転劇の理由を知ってほしいんですよね。
読み終わる頃には、その漠然とした不安が「今夜、自分の仕事を紙の上で2つに分けて、明日タスクを1つAIに渡してみる」という具体的な行動に変わるはずです。
消えたのは「タスク」。仕事の「目的」は消えていなかった
なぜ予言は外れたのか。
フアンの答えは、ほぼ一言でした。
「みんなが見落としているのは、仕事の目的と仕事のタスクは、関連しているけれど同じものではない、ということだ」。
放射線科医の目的は、暗い部屋でワークステーションのスキャンを見つめることじゃない。
医師たちと連携して病気を診断し、患者を治すこと。
スキャンを読むのは、そのための「タスク」にすぎない。
だから、タスクが自動化されても仕事は消えなかった。むしろ目的に注げる時間が増えて、診られる患者が増えて、仕事は増える側に回ったんです。
ここでフアンは、自分自身を例に出します。これがけっこう面白くて。
「私が仕事でやっているタスクは、100%タイピングと会話だ。タイピングも会話も、AIはすでに完全に自動化していて、完全に超人的だ。なら私は失業しているはずだ。なのに私たちは、いままで以上に働いている」。
ソフトウェアエンジニアも同じだと言います。
エンジニアの目的はコードを打つことじゃなくて、問題を解決して、新しいものを生み出すこと。
9歳でアメリカに渡ったのは、タイピングをするためじゃない。朝起きてから寝るまで小さな画面に向かってキーを打ち続ける人生に憧れた子どもなんていない、と冗談まで飛ばしていました。
で、これはあなたの仕事にもそのまま当てはまるはずです。
資料を作る。議事録をまとめる。数字を転記する。メールを返す。それはタスク。
顧客を喜ばせる。チームを前に進める。売上をつくる。それが目的。
AIが消しに来るのは、タスクの方なんです。
フアンが語る現在地 「AIはこの数ヶ月で、ついに役に立つようになった」
じゃあ、そのAIはいまどこまで来ているのか。
不安の正体って、結局「進化が速すぎて全体像が見えないこと」だと思うんですよね。フアンの整理は、その見取り図としてかなり分かりやすかったです。
2年前、ChatGPTが登場して生成AIが生まれました。フアンいわく、「生成できる」ことには2つの本質があった。
1つ目。考えるとは、頭の中で思考(トークン)を生成すること。だから生成ができた瞬間、AIが考え、推論できるようになる道が開けた。
2つ目。道具を使うには、コマンドを生成する必要がある。ブラウザを操作するにも、言葉を生成して何かをコントロールしないといけない。
この推論のAIが昨年出てきて、いまは「理解し、推論し、計画し、道具を使って役に立つことをやり遂げる」エージェント型AIの段階に来ています。
象徴として挙げられたのが、AnthropicのClaude Codeでした。
ソフトウェアコーディングという本当に生産的な仕事をこなした、最初のエージェント型システムだった、と。
ここで大事なのは、フアンが「コーディングはエンジニアだけの話じゃない」と強調していることです。
コーディングとは「何度も繰り返し自動化したいことを、プログラムとして成文化すること」。自動化したいことが何もない会社なんて、世界のどこにもない。だからコーディングは、実はすべての会社にとって超重要なんだと。
そしてこの変化は、計算量の爆発を生みました。
エージェント型AIに必要な計算量は、生成AIの約1000倍。そこに「使いたい人が100倍に増えた」のが掛け算される。
だからGPUの需要は爆発していて、4〜5年前に売ったGPUが、良いワインより速く値上がりしている、なんて逸話も出ていました。
さらにフアンは、OpenAIやAnthropicといったAIネイティブ企業の粗利益が、この3〜6ヶ月で大きくプラスに転じたことを挙げて、こう言い切ります。
「AIは、この数ヶ月で、ついに役に立つようになった」。
コンピュータの使い方そのものも変わっていく、と。
これまでは、誰かが事前に作って保存しておいたものを「取り出す」使い方でした。
これからは、人に話すように意図を伝えると、AIがやり方を考え、計画を立て、ブラウザやExcelやPhotoshopのような道具を使いこなして、成果物にして返してくる。
あなたが怖がっている間にも、道具はこの方向に進み続けているわけです。
仕事は消えない。でも「全員の仕事」が影響を受ける
ここまでだと、ただの楽観論に聞こえるかもしれません。
でも、フアンは雇用の現実もはっきり語っています。
まず、いまAIが最初にやっているのは、雇用の大量創出です。
チップ工場、コンピュータ工場、AI工場。この3種類の工場で、数兆ドル規模の再工業化が起きている。
昨年はAI関連のスタートアップに1000億ドル、フアンいわく人類史上最大の投資が流れ込み、それはすべて雇用になった。
面白い逆説もあります。
AIが最初に得意になったのはコーディングなのに、ソフトウェアエンジニアの求人はむしろ増えている。
理由は、野心が増えたから。AIがあればもっと多くのことができる。だから、もっと人を雇う。
ただし、です。
フアンは「転位(dislocation)」も、はっきり口にしました。
「いま大学を卒業する学生がAIを使いこなせないなら、AIを使いこなす卒業生から仕事を取ることはできない」。
「昨日まで不要だったスキルが、今日は必須になる」。
タスクそのものが仕事になっていた業務は、実際に置き換わります。フアンが挙げたのは、レストランの電話予約でした。
電話を取って予約を受けるだけの業務はAIに移る。でもその人は、電話番の代わりに、目の前のお客さんに向き合えるようになる。
結論はこうです。
「多くの仕事が生まれる。一部の仕事は消える。でも、すべての仕事が影響を受ける」。
つまり、無風の安全圏はありません。でも、絶望する話でもない。
分かれ目は職種じゃなくて、AIを使う側にいるかどうか。ここなんです。
一番損をするのは、怖がってAIに触らない人
講演では、AI悲観派(ドゥーマー)と楽観派(ブーマー)の対立も話題になりました。
あなたは楽観派の筆頭では、と振られたフアンの答えは「私はプラグマティスト(実利主義者)だ」。
「AIのゴッドファーザー」ジェフリー・ヒントンが唱える「20〜30%の確率で人類の存在を終わらせる」という説を向けられたときの返しも、印象的でした。
「彼が完全に間違っているのは、大勢の賢い人たちがそれを防ぐために働いていない、と考えている点だ」。
車を速くしようとする人の10倍、車を安全にしようとする人がいる。
AIを賢くしようとする人の10倍、ガードレールと安全性に取り組む人がいる。
そのうえで、フアンが「最大の懸念」に挙げたものが意外でした。
他国がAIを持つことじゃないんです。
SFみたいな恐怖話を聞かされ続けた自国の人々が、怖がってAIに触らなくなり、その結果、国がリードを失うこと。
「アメリカが前の産業革命で恩恵を受けたのは、発明したからじゃない。応用したからだ」。
これは国の話ですけど、そのまま個人に翻訳できると思うんですよね。
煽り記事に怯えて、様子見している時間こそ、一番のコスト。
安全にするのは業界の仕事。応用するのは、あなたの仕事です。
「その野心では低すぎる。期待値を100倍にしろ」
講演の最後、いま考えていることを聞かれたフアンは、こんな話をしました。
研究者が新しいアイデアの探索に数ヶ月かけていたのが、AIを使えば1日でできるようになった。数ヶ月が、1日。
エネルギー科学、気候科学、生物学、創薬、物理科学。あらゆる分野でブレイクスルーが起きている。
「私が毎日見ているものをあなたも見られたら、興奮して、こう気づくはずだ。過去にどんな野心を持っていたとしても、それでは全然足りない、と。変えるべきことはひとつだけ。期待値を約100倍に上げることだ」。
じゃあ、僕らは明日、何をすればいいのか。
この講演を行動に落とすなら、3つだと思ってます。
- 今夜、自分の仕事を紙に書いて「目的」と「タスク」に分ける。放射線科医なら、患者を治すのが目的で、スキャンの読影はタスク。あなたの仕事は、何がどっちですか。
- タスクのうち1つだけ、明日AIに渡してみる。議事録でも、資料の下書きでも、調べ物でもいい。うまくいかなくても、触った時点で様子見の側から使う側に移っています。
- 浮いた時間を、目的の方に注ぐ。顧客、企画、成果。AIに渡せない部分にこそ、あなたの値打ちが出ます。
消える側に回るか、増やす側に回るか。
分かれ目は職種でも年齢でもなくて、この分解をやるかどうか。僕はそう受け取りました。
最後に、質問です。
あなたの仕事の「目的」は何ですか。
そして明日、最初にAIに渡す「タスク」はどれですか。
よかったら、引用やリプで聞かせてください。





