度々話題になる美味しんぼのカルボナーラ(バターと生クリームとベーコン使用)ですが、これ僕もずっと
「こんな日本ローカライズレシピを得意げに披露するなんて、時代っすなあ〜」
みたいな感じで、上から目線で冷笑していたわけですが、先に言っておくと、ほんっとにすみませんでした。
さらに、このタイプのカルボナーラは今なお日本での主流なわけですが、僕はこれも「日式カルボナーラ」ーーつまり日本人が生み出した魔改造レシピとしてずっと扱ってきました。間違いです。ほんっとにすみませんでした。
というわけで、あくまで僕が調べた範囲ではありますが、良い機会なのでこの辺りの真実について、贖罪と訂正を兼ねて記しておこうと思います。
長文を読みたくない方のために軽くサマリーしておくと、美味しんぼのカルボナーラはその時点では全く間違いではなく、むしろバリバリの正統派だった、という話です。面倒くさい話が好きな方は、この後も読んでください。
カルボナーラは戦後生まれの比較的歴史の浅い料理で、その生まれにはアメリカ進駐軍が深く関与しています。ただしこれには異論もあり、その原型となるものが戦前からあったという説もあるのですが、ここでは研究者の主流な説として前者の前提で進めていきます。
さて、「塩蔵肉+パルミジャーノ+乾燥粉末卵」から始まったカルボナーラですが、それは伝統料理でないので、その後ガンガン多様化していきます。ニンニクが入り、玉ねぎが入り、様々な塩蔵肉が採用され、ワインが入り、パセリも入り……みたいな感じです。多くの料理人がこの新しい料理に可能性を見出し、様々な工夫を凝らしたのは、むしろ当然だったのかもしれません。
そんな中で、生クリームも当然のように使用されました。1960年代以降、生クリームが入るレシピも登場し始めます。ちなみに塩蔵肉に関して現代では「ベーコンなんてとんでもない、本来はグアンチャーレだが、パンチェッタまでなら許そう」なんてことが言われるわけですが、レシピにグアンチャーレが初登場したのがこの時代です。また、パルミジャーノがペコリーノに置き換わっていったのもこの時代からみたいです。
そして1980年代、生クリーム使用が急速に広まります。パスタ100gに対して生クリーム60〜100gとかですから、これは「日式カルボナーラ」と同じか、むしろ多いくらいです。それが当時主流と言えるほどだったのかどうかまではわかりませんが、カルボナーラ多様化の到達点のひとつであったことは間違いない気がします。そしてこれが日本にもたらされ、爆発的な人気を得て今に至ります。美味しんぼが紹介したのは、まさにこれです。
その辺りの時代から、イタリア料理は徹底的なブランディング化が進みます。「イタリア料理とは、地方料理と伝統料理の集合体である」という現代の我々にとっての強固なイメージは、ここから作られていったものです。これは半ば憶測ですが、そこにはフランス料理への強烈な対抗意識もあったのではないかと思います。フランス料理(や、かつての英米料理)に追いつき追い越せの時代から、イタリア料理のアイデンティティを確立する段階に至った、ということでしょう。
そしてその流れを受けて、カルボナーラのレシピは一点に収束していきます。「料理人が工夫する、いかにも洗練されたレストラン料理としての様々なカルボナーラ」から、「地方料理として伝統的に作られてきた正しいカルボナーラ」へと。そこでは「いかにも素朴で力強い」レシピが採択されました。すなわち、グアンチャーレ・ペコリーノ・卵、以上!」の世界です。パンチェッタやパルミジャーノならまだしも、ベーコンや生クリームなど絶対に許さない!みたいな。
言うなればそれは歴史改竄であり、捏造された伝統でもあります。しかしそれは単なるマーケティングの産物というわけでもなく、カルボナーラの決して長くはない歴史の果てにイタリア人が辿り着いた「結局これが一番美味いんだよね」なのかもしれません。井之頭五郎氏言うところの「こういうのでいいんだよ、こういうので」にも近い気がします。
つまり日本人は、1990年代において「いきなり梯子を外された」んですね。「お前らが80年代に到達した神レシピを学んで日本でバズらせたのに、今更それを邪道扱いするのかよ!?」ってな感じです。since198x創業のイタリア料理店にしても、雁屋哲氏にしても、たまったものではないでしょう。
しかし現実問題、少なくともポピュラリティという意味で、日本ではこの80年代的カルボナーラは今でも絶大なる人気を誇っています。それはフランス料理がとっくの昔に過去のものとして葬り去ったデミグラスソースが、今でも日本で愛され続けているのとも、どこか似ている気がします。
最後に蛇足ですけど、僕自信は生クリームもベーコンも入らない、硬質チーズでゴテゴテのカルボナーラが好きです。イタリア人のブランディングにまんまと乗せられた「平成パスタ男」ですね。でもこれは単なる 好き/嫌い の話であり、正しい/正しくない の話ではありません。しかしかつてそれを 正しい/正しくない の文脈で語ってしまったことがありました。
ほんっとにすみませんでした。





