「SaaS is dead」という言葉が流行ってると思います。AIでコードが書ける時代になったんだから、SaaSに月額を払うのはやめて自社用に作ればいい、という論調です。
弊社Emooove(イムーヴ)もこの数ヶ月、社内システムの内製に振り切ってきました。実際にやってみて、うまくいったことも、痛い目を見たことも両方あります。今日はその実体験をもとに、「SaaS is dead」に対する私なりの見解を書きます。
先に断っておくと、主語はSaaSを提供する側ではなく、導入する側・内製する側の視点です。
誰でもシステムを作れる、すごい時代になった
まず前提として、Claude Codeの登場で「誰でもシステムを作れる時代」が本当に来ました。これは誇張ではありません。
Emoooveでは、入社2ヶ月の採用担当がATS(採用管理システム)を内製しました。彼女はエンジニア経験ゼロの非エンジニアです。それでも、応募者の取り込みから選考管理、ダッシュボードまで揃ったシステムが、ちゃんと形になりました。
さらに今は、本業である営業代行のオペレーション効率と品質を上げるための社内システムも開発中です。こちらは私自身も毎日コミットしていますが、着手から2週間経たずに、かなりいいものができそうな手応えがあります。
外部のSaaSを契約すれば月数万〜数十万円かかるものが、社内で作れてしまう。「SaaS is dead」と言いたくなる気持ちは、よくわかります。
ただし、そんなに順風満帆ではない
ここからが本題です。実際にやってみると、きれいな話ばかりではありませんでした。
その1:保守がめちゃくちゃ大変
良くも悪くも「えいや」で作れてしまうので、形になるのは早いです。ただ、要件が詰まっていないので、粗がとにかく多い。
ATSで実際に起きたことを挙げると、
- エントリーが取り込まれるはずが、取り込まれていない
- ダッシュボードの数値がなんかバグっている
- 重要なボタンが抜けていて、オペレーションが止まる
などなど、「使い始めてから気づく抜け漏れ」が本当にたくさん出てきます。営業支援の社内システムのほうも、ある朝突然アクセスできなくなって画面が開かない、ということがありました。
もちろん、要件定義を丁寧にやったり、使いながら改修したりすることで一定は治ります。ただその間、通常業務に支障が出ます。「簡単にすぐできる!」という期待値で作り始めると、結構しんどい羽目になります。作って終わりではなく、直し続ける前提で始めるものだと痛感しました。
うちはまだ採用の規模が小さいので、ATSが多少止まってもなんとかなります。ただ、これがステークホルダーの多いシステムだったらと思うとゾッとします。使う人・影響を受ける人が増えるほど、障害1回の損失が大きくなり、難易度は跳ね上がります。
社内システムなら耐えられても、外販するものや、問い合わせフォームのように「社内ツールだが外部に出すもの」は、かなり慎重になるべきだと思います。
その2:UI/UXが洗練されない
自分でシステムを作っていて痛感するのですが、なんとも微妙な仕上がりになります。
AIが最初に出してくる画面は「それっぽい」のですが、実際に使うと細部が使いにくい。何度も何度も指示し直せば最終的にはいい感じになるものの、そこには強い執念と時間が必要です。ほとんどの人は途中で妥協してしまうと思います。
SaaSの画面が洗練されているのは、専門のデザイナーが何年もユーザーの声を反映し続けてきた結果であって、あれはタダで手に入るものではないんですよね。
その3:セキュリティ問題
そして一番怖いのがここです。
非エンジニアでも、Claude Codeを使えば機能やUI/UXは「ノリ」で作れてしまいます。でも、セキュリティ周りは、おそらくノリではキャッチアップ不可能なのではないでしょうか?少なくとも私はわかりません。認証、権限管理、脆弱性対応。「動いている」ことと「安全である」ことは、まったくの別物です。
弊社の場合、幸い社内にセキュリティエンジニア経験者がいるので、ここだけは必ずお願いするようにしています。それでも少し不安が残るほどです。専門家のいない組織が、勢いで作ったシステムに顧客情報を載せて外部に公開する。想像するだけで冷や汗が出ます。
そもそも「死ぬか、生きるか」の二元論が違う
ここまで内製のネガティブポイントを書いてきましたが、正直、いいこともたくさんあります。
・自社の業務に完全にフィットしたものが作れる
・直したいと思ったら翌日には直せる
・月額コストはほぼかからない
・社内に「システムは自分たちで作れる」というノウハウや自信が貯まる
問題は、「SaaSは死ぬのか、生きるのか」という単純な整理をしてしまうことだと思っています。SaaSを導入すべきか、内製すべきかは、その会社の状況次第です。私が実体験から考える論点は、次の5つです。
論点1:社内にエンジニアがいるか
いないと、セキュリティのように「非エンジニアがノリでキャッチアップできない領域」で死にます。機能は作れてしまうぶん、危うさに気づけないのが一番怖い。最低限、要所でレビューしてくれる経験者を確保できるかどうかが分かれ目です。
論点2:ステークホルダーの数
多すぎると、障害が出たときの損失が大きいので、難易度が爆上がりします。逆に小さい組織は「止まってもごめんで済む」ので試しやすい。まずは影響範囲の小さい業務から始めるのが現実的です。
論点3:外部システムか、内部システムか
内部システムなら、何かあってもリスクは知れています。しかし外部に出すものは、情報漏洩ひとつで取り返しのつかないことに……。SaaSならベンダーの責任にできた部分も、内製なら全部自社の責任です。外に出すものほど、SaaSの「枯れた安心感」の価値は大きくなります。
論点4:保守運用の工数を取れるか/コミットする気があるか
保守は想像以上に発生します。「作って終わり」ではなく「直し続ける」のが内製です。あらかじめそれを見越して着手できるか。片手間のつもりで始めると、粗の修正に追われて本業を圧迫します。
論点5:AI開発が好きか/やりたいと思うか
最後は結局これです。想像以上に泥臭くて大変ですし、AIが言うことを聞かずにイライラします(笑)。それでもやりきれるか。楽しめる人には最高の時代ですが、義務感だけで続くものではないと思います。
まとめ:SaaSは死んでいない。選択肢が増えただけ
タイトルで「爆死した話」と書きましたが、正確には「何度も爆死しかけた話」です。それでもうちが内製を続けているのは、エンジニア経験者がいて、良くも悪くもまだ組織が大きくなくて、社内利用が中心で、保守にコミットする覚悟があって、何より私がやりたいからです。5つの論点が全部揃っている、ある意味恵まれた環境だからやれている、とも言えます。
逆に、この条件が揃わない会社が「SaaS is dead」を真に受けて基幹業務を内製すると、本当に爆死すると思います。
SaaSは死んでいません。「作る」という選択肢が誰にでも開かれた、というだけです。自社の状況を冷静に見て、SaaSと内製を使い分ける。それが、この便利で物騒な時代との正しい付き合い方ではないでしょうか。





