売れなかった人が課長になった会社で、部下の成績が上がっていた。
アメリカの131社、およそ4万人の営業職を追いかけた研究がある。そこで見つかったのは、昇進した人のなかでは、昇進前の営業成績が振るわなかった人ほど、部下の売上が伸びていたという関係だった。
同じ課長でも、売れていた人の下より、売れていなかった人の下のほうが、部下は伸びていた。
これだけ聞くと、精神論のように聞こえる。売れないことが何かの美徳であるかのように。
そうではない。理由はその人の性格でも人柄でもなく、どうやってその椅子に座ったかにある。しかもその説明は、著者たち自身が論文の中でしている。
順に見ていく。まず、会社は誰を上げているのか。次に、その選び方が何を起こしているのか。そのうえで、なぜ逆が起きるのか。そして、その物差しは何なのか。日本の課長のデータも後半に出てくる。最後に、上げる側と上げられる側の両方で見るべき4つを置く。
答えの前に、会社が誰を上げているかを見る
この研究が見つけたのは「会社が適当に人を選んでいる」ということではない。売上は、誰が上がるかをはっきり予測していた。売上が同僚の2倍ある人は、昇進する確率がもとの1.14倍になっていた。
論文の言い方だと「14.3%高い」。ポイント差ではなく、もとの確率に対する比率の話だ。
そして「売上が2倍」と聞くと特別なスーパー営業を想像するかもしれないが、そうではない。同じ会社の同じ月のなかで、成績が真ん中だった人が上から3分の1あたりに入る。それくらいの差でしかない。
つまりこれは、どこの会社にもいる「ちょっとよく売れている人」の話だ。
その人が、上がる。
その選び方が、何を起こしていたか
同じデータに、もうひとつの数字がある。
昇進する前の売上が2倍だった人が上司になると、その下についた部下ひとりひとりの売上が、平均で7.5%落ちていた。
売れる人を課長にすると、部下が売れなくなる。
早稲田大学の入山章栄は、この落差をこう表現している。
平社員が管理職になるということは「寿司職人が、学校の先生に転職する」くらいのパラダイムシフト
寿司を握るのがうまいことは、授業がうまいことの根拠にならない。当たり前のことだが、会社のなかではこれが起きている。
入山はマネジャーの仕事の中身をこう説明している。自分の組織を管理することであり、エクセルと向き合いながら評価をしたり、予算管理をしないといけない。売る仕事とは別物だ。
営業の世界には、これを一行で言ったForbesの記事がある。
営業の成功は「自分」の話だが、営業マネジメントの成功は「チーム」の話だ
同じ「営業」という名前がついているのに、主語が入れ替わっている。
昇進とは、その人が一番できた仕事から外すことでもある。
ちなみに「昇進した人本人の数字が落ちる」ほうには、別の説明がある。平均への回帰だ。昇進の直前に最高の数字を出した人には一時的な運が乗っていて、その後は本来の水準に戻るだけ、という見方。ただしこれで説明がつくのは本人の数字までで、部下の数字ではない。この研究が測っていたのは、部下のほうだ。
著者たち自身も、上司と部下の組み合わせがランダムでない以上、この測り方は完全ではないと断っている。
なぜ、売れなかった人のほうが伸ばせるのか
ここで最初の話に戻る。といっても、さっきの7.5%とは別の発見ではない。売る力が強い人ほど部下が落ちる。同じひとつの関係を、逆の端から見ているだけだ。
論文にはこう書かれている。新しく昇進した管理職のうち、それまでの営業成績が相対的に振るわなかった人の下では、部下の成績が有意に高くなっていた。
なぜか。著者たちは、その人の資質ではなく選ばれ方から説明している。
会社は売上で昇進を決めている。それが強く効いているほど、売上の低い人は上がりにくい。それでも上がった人がいるということは、売上以外の何かが、その低さを跳ね返すほど強かったということになる。 そうでなければ、その椅子には座れなかった。
つまり、売れなかったことが上司としての力になっているのではない。売上で足切りされる仕組みを、売上以外で突破した人だけが残っている。
だから「売れないほうがいい上司になる」という話ではない。営業成績が振るわない人を片っ端から課長にしても、この結果は再現しない。効いているのは本人の売上の低さではなく、売上という物差しが厳しく効いている場所を、別の物差しで通り抜けたという事実のほうだ。
では、その別の物差しとは何なのか。
その正体は、たぶん思っているものではない
論文は、昇進後の成果を予測する指標をひとつ見つけている。
取引で売上を分け合った同僚の数だ。
営業の成績は普通、一人の名前で計上される。ただし案件によっては複数人で担当し、売上を分け合うことがある。その「一緒に立てた案件の相手が何人いたか」を数えると、その数が多かった人ほど、管理職になってから部下の売上を伸ばしていた。
人柄でも、面倒見の良さでも、リーダーシップでもない。過去に何人と、手柄を分けたかだ。
そして、決定的なのはここだ。
この指標は、昇進の決定と一貫して結びついてはいなかった。
会社は売上の額を見ている。誰と一緒に立てたかは見ていない。著者たちは、管理職の質だけを最大化したいなら、売上よりも協働の経験に重みを置いたほうが結果は良くなりうる、と書いている。
ただし、これを人事評価に入れた瞬間に壊れる
ここが、この論文でいちばん誠実な部分だと思う。
著者たちは、脚注で自分の発見にブレーキをかけている。
もし企業が昇進の判断で協働の経験を重く扱いはじめたら、労働者は売上のクレジットを分け合うことで、偽の協働者を足せてしまう
一緒に売ったことにすればいい。それだけで指標は上がる。
つまりこの数字は、誰も評価に使っていないから正直な数字でいられた。評価項目にした瞬間、それは「協働の経験」ではなく「協働の経験に見える操作」を測りはじめる。
指標は、測られていることを知られると壊れる。
会社は、わかっていてやっている
では、なぜ会社はコストを承知で、売った人を上げるのか。論文の後半に、その手がかりが出てくる。
著者たちが見つけたのは、会社が「やる気を出させること」と「向いている人を選ぶこと」の綱引きを、自分で調整している形跡だった。
ひとつめ。管理職の責任が重いポストほど、昇進の判断で営業成績を重視しなくなる。任せる範囲が大きい椅子については、会社は「売った人」を上げるのをやめている。
ふたつめ。営業成績が歩合として強く報われている会社ほど、営業成績を昇進の材料に使わなくなる。
裏返すと、こういうことだ。歩合が弱い会社では、昇進を人参としてぶら下げないと、今の仕事を頑張ってもらえない。売上で選ぶのは人を見る目がないからではなく、選び方そのものが報酬制度の一部だからだ。
会社は、ミスマッチのコストを承知で買っている。それが割に合う取引なのかどうかは、著者たちも断定していない。
日本の課長は、現場を抱えたまま上に乗る
ここまでは、アメリカの営業職のデータだ。日本にそのまま当てはめる前に、ひとつ大きな違いがある。
産業能率大学が上場企業の課長に聞いた調査がある。そこではこうなっていた。
調査に答えた上場企業の課長828人のうち、99.5%がプレイヤーとマネジャーを兼務していた。
そして業務時間を加重平均すると、課長の仕事の50.1%はプレイヤーとしての仕事だった。半分は、今も現場である。さらに、兼務している課長のうち約半数が「プレイヤーとしての活動がマネジメント業務に支障がある」と答えている。
アメリカのデータは「上げると、その人が一番できた仕事から離れる」という話だった。
日本の課長は、離れきらない。
入山が挙げた評価や予算管理は、売る仕事が減った代わりに来るのではない。売る仕事を抱えたまま、上に乗ってくる。
一番できた仕事も半分になり、慣れない仕事も半分しかできない。米国のデータがそのまま日本に当てはまるかは、この調査からは分からない。分かっているのは、慣れないほうを覚える時間が、業務の半分しかないということだ。
「日本は管理職が育たない」とよく言われる。育てる時間が業務の半分しかないのだから、当然とも言える。
昇進の話が来たときに見る4つ
打診が来たとき、あるいは誰かを上げる側になったときに見る項目を、上の材料から4つに絞る。
1. その成績は、一人で出したものか
昇進前の売上が2倍だった人の下では、部下ひとりひとりの売上が平均7.5%落ちていた。伸ばせるかを予測していたのは売上の額ではなく、売上を分け合った相手の人数だった。これまでの案件で、その相手が何人いるかを数える。件数ではなく、人数のほうだ。一人で出した数字は、そこを教えてくれない。
2. そのポストは、責任が重いか軽いか
論文が見つけたのは、任せる範囲が大きいポストほど会社は営業成績で選ばなくなる、という傾向だった。裏返せば、同じ「昇進」でも、責任の重さによって会社が見ているものが違う。だから受ける前に範囲を確かめる意味がある。「この課で、私が自分で決めていいのはどこまでですか」
3. その会社は、歩合が強いか
歩合が強い会社ほど、昇進の判断で営業成績を重視していなかった。裏返すと、歩合が弱い会社での打診には、評価という意味と、人参という意味が混ざりやすい。受ける前に、自分の給与のうち成果で動く部分が何割かを確かめておく。
4. 上がったあと、現場に何%残るか
日本の課長は、ほぼ全員が兼務で、業務時間の半分が今も現場だった。「兼務ですか」ではなく「業務時間の何割がプレイヤー業務ですか」と聞く。この一問で、その椅子に何がどれだけ乗っているかが分かる。
入山は、昇進の打診についてこうも言っている。
実際は降格だ、くらいに思ったほうがいいですよ。
これは昇進を断れという話ではない。別の職種への転職として値踏みしていい、という話だ。
売れなかった人が部下を伸ばしていたのは、売れなかったからではない。売上とは別の物差しで、その椅子に座ったからだった。
そして会社は、その物差しを見ていない。見ていないから、その物差しはまだ正直でいられる。
出典
- Alan Benson, Danielle Li, Kelly Shue「Promotions and the Peter Principle」The Quarterly Journal of Economics 134(4), 2019, pp.2085-2134(米国131社・約4万人の営業職データ)
- Edward P. Lazear「The Peter Principle: A Theory of Decline」Journal of Political Economy 112(S1), 2004, pp.S141-S163(平均への回帰による説明)
- 入山章栄「人はなぜ偉くなるとパッとしない上司になるのか。昇進の打診は"降格"と思え」Business Insider Japan, 2022年10月27日
- 産業能率大学 総合研究所「第6回 上場企業の課長に関する実態調査」2021年9月・課長828人
- Sevy「Why Great Sales People Make Terrible Sales Managers」Forbes, 2016(上記Bensonらの論文が脚注で引用)





