地頭がいい人を観察しているとある共通点に行き当たる。彼らは「幹」を抑えるのが異常にうまい。
世の中の出来事はたいてい、枝葉が無数に茂っている。ひとつの問題を前にして、考慮すべき要素は十でも二十でも出てくる。普通の人は、その枝葉を全部追いかけようとする。あれもこれもと手を広げ、情報を集め、結局どれが本丸なのか分からないまま消耗していく。真面目な人ほどこの罠にはまる。全部に律儀に向き合おうとするからだ。
地頭がいい人は逆だ。枝葉が二十本あっても、「で、結局この件の幹はどれだ」という問いを最初に立てる。20のうち18は捨てていい枝で、本当に効いている幹は一本か二本しかない。それを見極めてから動く。だから少ない手数で深いところまで届く。
これは知識量の問題ではないと感じる。むしろ知識が多い人ほど、枝葉の豊かさに溺れることがある。幹を抑える力は、情報を増やす力ではなく、情報を捨てる力だ。「何を考えないか」を決められる胆力と言ってもいい。
僕がこの違いをはっきり感じたのは、ある相談を受けたときだった。仕事がうまく回らない、原因が分からないという。話を聞くと、改善案を十個ほど用意していて、そのどれから手をつけるか悩んでいた。だが少し掘ってみると、十個の案はすべて「上司との連携不足」というひとつの幹から伸びた枝だった。幹がひとつなら打ち手もひとつでいい。十個の枝を順番に潰すより、幹に水をやるか、いっそ切ってしまうか。抽象化するならば、それだけの話だったのだ。
幹を抑えるとは、要するに「この件のいちばん奥にある一本は何か」を問い続けること。出来事の表面で起きていることと、その奥の根本原因となる一本は、ほとんどの場合ずれている。そのずれに気づける人を、僕たちは地頭がいいと呼んでいるのだと思う。
枝葉を全部追う人はいつも大忙しになってしまう。幹を抑える人は、たいてい暇そうにしている。やることを絞っているからだ。傍目には手を抜いているように見えて、実は”最も効く一本”だけに効率よくフォーカスしている。
考える量を増やすより、考える対象を減らすこと。
地頭の良さとは、センターピン(幹)をとらえる力である。
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