顧問先「今度、オフ会があるんですけど参加してもらえませんか?」
僕「いいですよ!」
この時点で僕の脳内では、居酒屋で楽しくおしゃべりをする光景が広がっていた。
唐揚げ、ビール、枝豆、ちょっとした自己紹介。
"オフ会"という言葉には、どう考えても「座る」「飲む」「太る」以外の要素は含まれていない。
ところが次の瞬間、顧問先は笑顔でこう言った。
顧問先「じゃあ、フルマラソンオフ会、よろしくお願いします!」
僕「……」
フルマラソン?
オフ会なのに?
何がオフなの?
聞き間違いかと思った。
「フルマラソン風オフ会」かもしれない。
つまり、マラソンの話をしながら飲む会。
あるいは「フルマラソンを走った人を労うオフ会」。
僕は労う側。拍手する側。なんなら唐揚げを注文する側。
...しかし現実は非情だった。
本当に走るらしい。
42.195km。
人類からしてみれば、「これは馬がやる距離では?」と一度立ち止まるべき距離である。
そして当日。
会場に着いて、僕はすぐに異変に気づいた。
1人もデブがいない。

いや、1人くらいいてもいいじゃないか。
マラソン大会にも多様性があっていいじゃないか。
「完走目指してます!」みたいな、僕と同じく腹に夢と脂肪を抱えた仲間がいてもいいじゃないか。
ところが見渡す限り、全員が速そうだった。
足が細い。
ウェアが似合っている。
靴が本気。
顔つきが「普段から酸素を効率よく使えています」みたいな顔をしている。
一方の僕は100kg。
もはやランナーというより、豚に近い。

スタート前からすでに息が上がっている。
まだ走っていない。
ただ存在しているだけなのに、心肺が抗議している。
僕は思った。
これはオフ会ではない...
しかし、僕は固く誓った。
「やるなら絶対に完走してやろう」と。
ここで僕の脳内作戦会議が始まった。
作戦はシンプルだ。
・制限時間11時間をフルに活用する
・膝が壊れたら終わり。走らない。歩く。
・休憩ポイントでは水分補給のみ。座ったら最後、二度と立てない可能性がある
完璧だった。
制限時間は11時間。
※普通のマラソン大会は6時間とか7時間らしいが、初心者向けなので11時間もあるらしい
11時間あれば、時速4kmでゴールできる。
時速4kmというのは、要するに距離の長い散歩である。
なんだ。余裕じゃないか。
僕は今回のフルマラソンを「42.195km走る競技」ではなく、
「11時間以内に目的地へたどり着けば勝ちのゲーム」として捉えることにした。
走らなくていい。
歩けばいい。
足を引きずってでも、前に進めばいい。
つまりこれは、才能を競うゲームではない。
根性を競うゲームだ。
僕は100kgある。
たくさん脂肪がある。
根性も、たぶんある。
やるしかない。
そしてスタートした。
最初の5km地点。
余裕だった。
というか、ただ散歩しているだけである。
景色もいい。
風も気持ちいい。
周りの人は走っているが、僕は歩いている。
そもそも、最初から歩いてるやつなどほぼいない。
1000人中、後ろから5番目だった。
すでに競技が違う。
彼らはマラソンをしている。
僕は遠めのコンビニに向かっているような感覚。
それでも進んでいる。
問題ない。
10km地点。
まだ余裕だった。
なんならXを投稿する余裕すらあった。
「意外といける」
今思えば、これが完全にフラグだった。
ホラー映画で言うところの「ちょっと地下室見てくるわ」である。
しかも、時速4kmでいいはずなのに、実際には時速5kmペースで歩けていた。
このまま行けば、11時間どころか8時間ちょっとでゴールできてしまう。
僕は思った。
「あれ? フルマラソン、簡単じゃない?」
最低である。
人類の歴史上、油断した瞬間に国家すらも滅びてきたのだ。
そして15km地点。
まだ余裕だった。
余裕すぎて、休憩ポイントで提供されていたかき氷に手を出した。
...これが終わりの始まりだった。
その日はとにかく暑かった。
太陽が本気を出していた。
僕の身体も本気で汗を出していた。
体内の水分が次々に出ていく。
そんな中で食べるかき氷。
うまい。
信じられないくらいうまい。
冷たい。
甘い。
生き返る。
メロン味を食べた。
うまい。
マンゴー味を食べた。
うまい。
いちご味を食べた。
うますぎる。
ブルーハワイ味を食べた。
うまいけど、何味なのかは一生わからない。
気づけば僕は、そこにある全種類のかき氷を平らげていた。

フルマラソン中に、かき氷の食べ比べをしている100kg。
もはやランナーではない。
移動式の夏祭りである。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
かき氷は、僕の味方ではなかった。
かき氷は、涼しげな顔をした刺客だった。
20km地点。
少し、お腹が痛くなってきた。
ただ、まだ大丈夫だった。
「ちょっと冷えただけだろう」
「水分を摂りすぎただけだろう」
「俺の胃腸はそんなにヤワじゃない」
そう思っていた。
甘かった。
甘かったのはシロップだけではなかった。
僕の見通しも、ブルーハワイくらい甘かった。
25km地点。
完全に下痢だった。
かき氷を呪った。
さっきまで神の食べ物だと思っていたものが、急に悪魔に見えてきた。
腹が痛い。
これはまずい。
しかも、トイレが混んでいる。
フルマラソンの25km地点で、腹痛を抱えながらトイレ待ちをする100kg。
人生には、できれば経験しない方がいいことというものがある。
10分トイレの前で待った。
この10分が長い。
スタート前の10分は一瞬だった。
かき氷を食べている10分も一瞬だった。
しかし、腹痛を抱えたトイレ待ちの10分は、体感でいうと明治から令和くらいある。
ようやくトイレに入り、さらに10分間悶えた。。
合計20分のロス。
でも仕方ない。
命に関わる。
というか、人としての尊厳に関わる。
スッキリして外に出た。
そして気づいた。
...足が硬い。
動かない。
完全に固まっている。
今までの人生で、そもそも25kmも連続で歩いたことがなかった。
そんな僕が、25km歩いたあとに20分も休んでしまった。
そりゃ固まる。
筋肉が完全に閉店していた。
「本日の営業は終了しました」みたいな雰囲気を出している。
左足の太ももがカチカチだった。
肉体というより、もはや建材。
太ももだけホームセンターで売っていそうだった。
それでも進むしかない。
足を引きずりながら30km地点へ向かった。
このあたりから、足が攣るようになってきた。
ピキッ。
止まる。
また歩く。
ピキッ。
止まる。
完全にバグったロボットである。
前に進みたい僕。
それを拒否する足。
そしてずっと文句を言っている腹。
身体の各部署が一斉にストライキを起こしていた。
時速2kmも出ていない。
これはまずい。
このままではゴールできない。
そこで僕は、近くのコンビニに入った。
大量の氷を買った。
もはやマラソンランナーの買い物ではない。
釣り帰りのおじさんである。
そして近くのカフェに入った。
これがまた、おしゃれなカフェだった。
木目調のテーブル。
落ち着いた照明。
静かにコーヒーを飲むお客さんたち。
そこに現れる、汗だくで巨大な男。
100kg。
ゼッケン付き。
顔面蒼白。
手には大量の氷。
完全に事件だった。
店員さんから、すごい目で見られた。
わかる。
僕でも見る。
「この人は何を冷やすつもりなんだろう」と思う。
ごめんなさい。
でも、ここで休むしかないんです。
僕はカフェで足を冷やした。
おしゃれな空間で、アイスコーヒーではなく自分の太ももを冷やす男。
周囲の人たちは、きっと思っていたはずだ。
「この店、そういうサービス始めたの?」
30分ほど足を冷やした。
この判断が正しいのかはわからない。
ただ、時速2kmでズルズル歩き続けるよりは、ここで一度立て直した方がいい。
そう自分に言い聞かせた。
そして再スタート。
残り10km。
ここからが本当の地獄だった。
残り10kmと聞くと、元気な人は「あと少し」と思うかもしれない。
でも、この時の僕にとっての10kmは、もはや地球から月だった。
足は限界。
腹は不安。
汗は止まらない。
スマホの電池も怪しい。
メンタルだけが、なぜかまだしぶとく生きている。
残り約3時間。
時速4kmで進めば、まだ間に合う。
でも足が攣りそうになる。
攣りそうになったら止まる。
治まったら歩く。
また攣りそうになる。
止まる。
歩く。
止まる。
歩く。
この時の僕は、もはや人間ではなかった。
ゾンビのように歩いてる最中、後ろから誰かが近づいてきた。
振り返ると、どう見ても90歳を超えていそうな、腰の曲がったおばあちゃんランナーだった。
杖をついている。
しかし、その杖さばきが異常にうまい。
トン、スッ。
トン、スッ。
リズムがある。
フォームが美しい。
そして、おばあちゃんは颯爽と僕を追い越していった。
僕は29歳。
相手はおそらく90歳オーバー。
年齢差、約60歳。
それでも僕は負けた。
悔しかった。
悔しいけど、追いかけられない。
僕の足はもう、気持ちだけで動くの足ではなかった。
気持ちを見せても「知らん」と言ってくるタイプの足だった。
しかも、周りのメンバーはどんどんゴールしていく。
スマホに通知が来る。
「ゴールしました!」
「完走!」
「お疲れさまでした!」
みんな笑顔の写真を上げている。
一方その頃、僕は道路脇で足を押さえていた。
同じイベントに参加しているとは思えない。
彼らは達成感の世界にいる。
僕はまだ、現世とあの世の境目にいる。
そして残り3km。
ここで、会社のオンライン終礼が始まった。
僕はまだ走っている。
いや、走ってはいない。
歩いてもいない。
正確には、ピクピクと移動している。
終礼の画面越しに、死にそうな顔の僕をスタッフが見ている。
笑っている。
まあ、笑うと思う。
自分でも笑う。

画面に映っているのは、社長ではない。
限界を迎えたチャーシューである。
「大丈夫ですか?」と聞かれた。
大丈夫なわけがない。
でも、ここで「無理です」とは言えない。
残り2km。
ここまで来て辞めたら、ただの「かき氷を全種類食べて腹を壊した人」で終わってしまう。
それだけは避けたい。
僕は見送られた。
スタッフに笑われながら。
励まされているのか、観察されているのかわからない。
そして最後の登り坂。
なぜ最後に登り坂があるのか。
マラソンの設計者を呼びたい。
40km歩いた人間に、最後に坂を登らせる意味がわからない。
最後くらい下り坂でいいじゃないか。
なんなら動く歩道でもいい。
でも現実は登り坂だった。
足を引きずる。
一歩。
また一歩。
太ももはカチカチ。
ふくらはぎはピクピク。
腹はまだ少し不穏。
心だけが「行け」と言っている。
そしてついに。
ゴールが見えた。
長かった。
本当に長かった。
42.195km。
途中、かき氷に裏切られた。
トイレで20分失った。
カフェで太ももを冷やした。
おばあちゃんに抜かれた。
スタッフに笑われた。
それでも、ゴールは見えた。
最後の力を振り絞って、足を前に出す。
走ってはいない。
歩いてもいない。
もはやこれは、意地の運搬だった。
そして僕は、ゴールラインを越えた。
10時間29分41秒。
ギリギリだった。
でも、完走した。
やり切った。
ゴールした瞬間、妙な達成感がありました。
100kgの僕でも、フルマラソンを完走できた。
もちろん、速くはない。
美しくもない。
ランナーっぽさもない。
途中からは完全に、壊れかけの冷蔵庫みたいな動きだった。
そして、みんなで完走し、その後みんなで飲むビールは、格別でした。

↑顧問先の人生上昇サロンのフルマラソン参加者とのお疲れ様会。
100人中、17人が今回のフルマラソンに出てる。エグすぎ。
僕は、このビールの味を忘れることはないでしょう。
なんだかんだ、最高でした。
最後に、真面目な学びを少しだけさせてください。
「辞めなければ、ゴールできる」
これは、巷でよく言われている綺麗事なのかもしれません。
でも、10時間29分41秒かけて、100kgの身体を42.195km先まで運んだ僕は、これだけは断言できる。
才能がなくても、速くなくても、美しくなくても、向いていなくても...
「前に進むことだけは、自分で選べる」ということ。
途中、僕は、かき氷に負けました。
腹も壊しました。
足も攣りました。
90歳のおばあちゃんにも抜かれました。
正直、何回も「もう無理だ」と思いました。
でも、そのたびに僕は心の中で、「あと一歩だけ」と唱え続けていました。
また一歩。
また一歩。
その積み重ねだけで、僕はゴールラインを越えたんです。
これって、人生も、ビジネスも、SNSも、たぶん全部同じなんですよ。
みんな、才能がないから負けるんじゃありません。
センスがないから負けるわけでもないんです。
ほとんどの人は、ゴールが見える前に、自分で歩くのをやめてしまうだけなんですよ。
伸びないとか、
結果が出ないとか、
恥ずかしいとか、
しんどいとか。
発信やビジネスだったら、
誰にも見られていないとか、
もう意味がない気がするとか。
そこで止まるんです。
でも、そこで止まらなかった人間だけが、最後に景色を見るんです。
僕は速くなかったし、かっこよくもなかったです。
むしろ、かなり情けなかったです。
だけど、ゴールすることはできました。
100kgのデブでも、フルマラソンは完走できる。
要は、諦めさえしなければたいていのことはできるってことなんですよ。
ビジネスで勝つことも。
SNSで伸びることも。
人生を変えることも。
結局、最後に勝つのは、最初から強かった人じゃない。
「もう無理だ」と思ったあとに、もう一歩だけ進める人だと思っています。
そして、「常に勝ってる人」も別に才能があるわけじゃないんです。
折れそうな日に、折れずに進んだ回数が多いだけ。
誰にも見られていないところで、自分との約束を守った回数が多いだけ。
ダサくても、遅くても、泥臭くても、最後までやり切った回数が多いだけ。
今、結果が出ていなくても大丈夫。
今、周りに抜かれていても大丈夫。
今、めちゃくちゃダサくても大丈夫。
最後にゴールラインを越えれば、勝ち。
ダサかったエピソードは全部ネタになり、誰かを勇気づけれますから。





