いま、ゲームを作っているけど、意図するおもしろさにならなくて繰り返し修正をしている。しかし本来ならば企画時点でそれを回避したい。
今回は、自分のゲームの「面白くなさ」を、早い段階で見抜くための5つのサインを、先人の言葉から引用してご紹介。
面白くないゲームには、必ず共通する5つのサインが出ている
「なんか違う」と感じるとき、たいてい本人は「自分の感覚が悪いのかも」「もう少し作り込めば良くなるかも」と思う。私自身も、最初の数回はそう思っていた。
ただ、よく観察すると、「なんか違う」と感じる時には、ゲームの中で必ず何かが起きている。それは感覚ではなく、観察できる具体的な5つの現象だ。
1|選択しているのに、結果が変わらない(意思決定の幻想)
1つ目はこれ。「選択しているのに、結果が変わらない」になっていないか?
ゲームの中で、プレイヤーに何かを選ばせる場面がある。コマンドを選ぶ、ルートを選ぶ、ユニットを選ぶ、買い物で何を買うかを選ぶ。面白くないゲームでは、ここに「選んでる感」だけがあって、結果がほとんど変わらないことが多い。
Aを選んでも、Bを選んでも、ゲームの進行はだいたい同じ場所に着地する。報酬の見た目は変わるが、ゲーム全体の流れには影響していない。強敵を倒した時のドロップも、結局はどれも似たような性能。
これは、ゲーム設計の世界で「意思決定の幻想」と呼ばれた失敗事例で、「シヴィライゼーション」を作ったシド・マイヤーの考え方である。彼は「ゲームとは、面白い意思決定の連続である」と言っている。
ここで重要なのが、「意思決定には、意味のある結果がついてこなければいけない」という条件だ。選んだものによって、ゲームの進行が確かに変わる。プレイヤーが「自分の選択がゲームを動かしている」と実感できる。それがあって初めて、意思決定は「面白い」になる。
逆に言うと、選択しているのに結果が変わらないと感じた瞬間、その意思決定は死んでいるのと同じだと。
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◆チェック方法**
開発中のゲームをテストする時、こう自分に聞いてみてほしい。
- このプレイヤーがいま選んだことで、ゲームの結末は本当に変わるのか
- 別の選択肢を選んだ場合、何が違ってくるかを言葉で説明できるか
- プレイヤーが「自分の選択がゲームを動かした」と感じる瞬間が、1分以内に来るか
「言葉で説明できない」「ゲームの結末は同じ」「実感の瞬間がない」のどれかに引っかかったら、意思決定の設計が間違っている。
2|中核ループの中で、プレイヤーの「動詞」が活きていない
ゲームには、プレイヤーが使う「動詞」がある。攻撃する、組み合わせる、配置する、走る、跳ぶ、見る、選ぶ、捨てる、買う、交渉する。
ゲームのジャンルによって動詞は違うが、たいていのゲームは少数の動詞を中心に組み立てられている。
面白くないゲームでは、この動詞が中核のループの中で「実は出番がない」「使ってもどうにもならない」「使うのが面倒くさい」という状態になっていることが多い。
「Theory of Fun(『おもしろい』のゲームデザイン)」を書いたラフ・コスターは、これをこう表現している。
「あなたのゲームの『動詞』が、ループの中でたくさんの場面に向き合えるなら、そのコアループは良い。向き合えないなら、コアループはたぶん悪い」。
これはとても実用的な基準だ。
たとえば、「組み合わせる」が動詞のゲームを作ったとする。
組み合わせが、ゲームの中の様々な場面(戦闘、探索、交渉、買い物)で活きるなら、動詞は機能している。
組み合わせが、特定の場面でしか使えないなら、動詞は弱い。プレイヤーは数分でその動詞に飽きる。
◆チェック方法
自分のゲームの動詞を、紙に書き出してみる。そして、中核のループの中で、その動詞がいくつの場面で意味を持つかを数えてみてほしい。
- 動詞が1〜2場面でしか使われていない → ループが弱い、たぶん飽きが早く来る
- 動詞が3〜4場面で使われている → 平均的、もう少し広げたい
- 動詞が5場面以上で意味を持っている → 強いループ
3|プレイヤーが、次に起きることを予測できてしまう
ゲームをプレイしていて、次に何が起きるかが予測できると、プレイヤーは退屈する。逆に、予測できそうで、ぎりぎり外れた時、もしくは「あ、そうきたか」と感じた時、人は面白いと感じる。
これも、ラフ・コスターが書いている「人は、ゲームの中でパターンを見つけることに快感を覚える」という話と繋がる。
ゲームの中で起きていることが、一度パターンとして見えてしまうと、それ以上学ぶことがなくなる。そこから先は、ただの作業になる。
◆「予測できる」のサインは、テストで分かる
開発中のゲームをテストしてもらうと、このサインは比較的早く出る。
- テスターが、ゲームを始めて5分くらいで「次これだよね」と先回りし始めた
- 「ああ、こうなるんだ」「やっぱりこうか」が口に出る
- プレイの後半、テスターが何も話さなくなる(=予測通りで驚きがない)
このサインが出たら、ゲームの中で起きていることが、プレイヤーの予測の範囲に収まりすぎている。
解決には、変化を入れる。ルールに揺らぎを入れる、ランダム性を足す、選択肢を増やす、見た目を変えるのではなくシステムを変える。
ゲーム設計の世界では「予測できる部分こそが、ゲームの中で最初に退屈になる部分だ」と言われている。プレイヤーが何回かやって「もう分かった」となった時点で、その箇所は捨てるか、揺らぎを入れるか、根本的に作り直す必要がある。
4|面白さを、説明しないと伝わらない(ルールの歪み)
これは、私自身がいまリアルタイムで気づきつつあることだ。
開発中のゲームで、ルールの一部に違和感があると、つい「UI(ユーザーインターフェース)で補おう」「説明文を足そう」となってしまう。
プレイヤーが分かりにくそうな部分に、ヘルプを足し、チュートリアルを長くし、画面の隅に説明文を入れる。本人としては「親切に説明している」つもりになっている。ただ、これは大体の場合、サインだ。
説明しないと面白さが伝わらないルールは、たぶんルールそのものが歪んでいる。
優れた設計は、説明をほとんどしない。ルールが直感的で、画面の状況だけで「何をすればいいか」が伝わる。「説明書を読まないと面白さが分からない」ものは、設計の敗北だ、と言ってもいい。
◆現場ではこう判定する
開発中のゲームで「ここに説明を足したい」と思った瞬間に、こう自分に聞いてみてほしい。
- 説明を足さないと、プレイヤーに何が伝わらないのか
- それは「面白さの中身」か、それとも「操作の手順」か
「操作の手順」の説明はまだいい。最初の数秒で消化されるし、覚えれば不要になる。「面白さの中身」を説明で補おうとしているなら、それは違う方向に努力している。ルール側を直さないと、何時間プレイしても、面白さは出てこない。
5|自分が、テストするために起動するのが面倒になる
制作者本人の感覚は、最後の判定材料になる。これも、シド・マイヤーが言っていることだ。
「プロトタイプを作って、しばらく経ってから、自分やテスターに『まだあれ、プレイしてる?』と聞いてみる。もし答えが『いや、もう片付けた』だったら、それは問題だ」。
いやー、でもわかる。わかるんだよ、テストって面倒だから。
ゲームをテストする時、本人としては「これは作っているんだから、起動するのは当然」と思っている。ただ、ある時から、起動するのがちょっと面倒に感じる。「あー、テストしなきゃな」と思いつつ、別のことをしてしまう。
制作者本人ですら起動が面倒なゲームを、プレイヤーが楽しんでくれる可能性は、たぶんゼロに近い。本人の感覚は、最後の判定材料として、いちばん正直で、いちばん強い。
◆「面倒くさい」が来たら、どこを直すか
「面倒くさい」が来た時、考えるべきはこれだ。ゲームの起動から、最初の楽しい瞬間に到達するまでに、どれくらい時間がかかっているか。
- 起動から最初の楽しさまでが5秒なら、たぶんゲームは健全だ
- 30秒なら、ちょっと長い
- 1分なら、明らかに長すぎる
- 3分なら、ほとんどの人は離脱する
最初の楽しさまでの距離が遠いと、制作者本人ですら、起動する気力が削られる。これがゲームの「面白くなさ」の、いちばん大きなサインである。
ここまでの5つのサイン、まとめ
- 選択しているのに、結果が変わらない(意思決定が死んでいる)
- プレイヤーの「動詞」が、ループの中で出番がない(コアループが弱い)
- プレイヤーが、次を予測できてしまう(パターンが浅い)
- 面白さを、説明しないと伝わらない(ルールが歪んでいる)
- 制作者本人が、起動するのが面倒になる(最後の客観指標)
これらは、感覚ではなく、観察できる現象だ。
プロトタイプを動かして、自分で遊んで、テスターに見せて、それぞれのサインが出ていないかを確認する。出ていたら、UIや演出で補うのではなく、ルールを直しに戻る。
これは、ゲームだけの話じゃない
ここまでゲームの話として書いてきたが、私が書いた5つのサインは、ゲーム以外の場面にもそのまま当てはまる。
- 選択肢があるサービスなのに、どれを選んでも結果が同じ → SaaS、ECサイト、提案資料
- ユーザーの主な動作が、サービスの中で出番が少ない → アプリ、ツール、ワークフロー
- 顧客が次を予測できてしまう → ニュースレター、コンテンツ、配信、商品ラインナップ
- 説明しないと価値が伝わらない → 商品、サービス、プレゼン、note記事
- 自分自身が触るのが面倒になる → どんなプロダクトでも
「面白くなさ」を見抜くサインは、ゲームの中だけでなく、人を引きつけるものを作っている全員に共通する。





