『VIVANT』を見ていて、僕は思いました。「いや、凄すぎるだろ」と。堺雅人さん演じる乃木憂助は、とにかくセリフが長い。「これ、どうやって覚えてるんだ?」気になって調べてみると、さらに驚きました。
『日曜日の初耳学』で紹介された『VIVANT』の撮影では、最大34ページにも及ぶ長ゼリフがあり、さらに10か国語ものセリフに挑戦していたそうです。
普通なら、「そもそもの記憶力が違うんだろう」と思います。僕も最初はそう思いました。でも、本人のインタビューを調べてみると、出てきたのは意外なほど地道な方法でした。
どうやら凄いのは、記憶力だけではなく「覚え方」です。
しかも、その方法を調べていくと、記憶研究で分かっていることと重なる部分がいくつもあります。だとしたら、これは俳優だけの特殊な話ではありません。資格勉強や英単語の暗記にも使えるはずです。
今回は、堺雅人さんが実際にやっている暗記法を、記憶研究の論文と一緒に見ていきます。
1. 暗記は「読む」より「口に出す」

2026年4月に放送されたTBSラジオ『こねくと』で、堺雅人さんは長ゼリフの覚え方について聞かれています。
そこで本人が答えたのが、「僕はお経のように覚えてます」という言葉でした。
セリフをスマートフォンに活字で入れて、隙間時間に見ながらブツブツと繰り返すそうです。つまり、
「机に座って3時間、ひたすら覚える」というより、
日常生活の中で何度も声に出しています。
この「声に出す」という行為は、記憶研究でも面白い効果が確認されています。
「production effect(産出効果)」です。
MacLeodらは2010年の研究で、黙読した単語よりも、実際に声に出した単語のほうが記憶に残りやすくなることを示しました。
理由はシンプルです。黙読なら、「文字を見た」という情報が中心です。でも声に出せば、文字を見る。自分で発音する。自分の声を聞く。口を動かす。と、情報が増えます。
声に出すと、記憶を引っかけるための手がかりが増えます。
だから資格勉強でも、ただ10回読むだけではなく、一度声に出してみる価値があります。英単語なら発音する。資格の用語なら、
「○○とは、△△のことです」
と自分で説明してみる。ずっと教科書を眺めるだけではありません。
暗記するときは、目だけではなく口も使う。
堺雅人さんの「お経のように覚える」という方法は、かなり理にかなっています。
2. 長ゼリフは「一気に」ではなく、隙間時間で何度も触れる

同じ『こねくと』のインタビューで、もう一つ面白かったのが「隙間時間」です。
堺雅人さんはセリフをスマートフォンに入れておき、少し時間ができるたびに繰り返しているそうです。ここで重要なのはスマホではありません。
一度で覚えようとせず、時間を分けて何度も同じセリフに触れていることです。
これは「分散学習」と呼ばれる考え方と重なります。
Cepedaらは、分散学習について184本の論文、317の実験、839の評価をまとめて分析しました。そこで確認されたのが、
同じ内容を一気に詰め込むより、時間を空けながら繰り返したほうが、長く記憶に残りやすい
という傾向です。
たとえば英単語100個を覚えるとします。夜に1時間取って、1周目。2周目。3周目。と続ける方法もあります。でも、朝に1回。通勤中にもう1回。昼に間違えたものを確認。夜にもう一度テスト。
と分ける方法もあります。
同じ3回、4回でも、後者は「思い出す時間」が挟まれます。そのたびに、「あれ、何だったっけ?」と一度記憶を探すことになります。
暗記量が多いほど、「勉強時間を増やす」より「同じ情報と再会する回数を増やす」と考えたほうがいい。
34ページもあるなら、なおさらです。一晩で気合いを入れて覚えるのではありません。生活の中に何度もセリフを出現させる。
堺雅人さんは、長ゼリフを「一度の長時間」で攻略するのではなく、短い時間を何度も使って攻略しています。
3. 堺雅人は「文字」ではなく「口の形」まで覚える

そして、僕が一番驚いたのがここです。堺雅人さんは、ただ声に出しているだけではありません。
2026年7月放送の『日曜日の初耳学』では、『VIVANT』の長ゼリフについて、一字一句を母音で発音して「形」を覚えていく方法が紹介されています。
最大34ページです。それを普通に文章として読むだけではなく、母音にして繰り返す。かなり異常なやり方に見えます。でも、この話を聞いて僕は、
堺雅人さんは「頭でセリフを覚える」だけではなく、「身体にセリフを覚えさせている」のだと思いました。
ここが、1番目の話とは違うところです。本章1は、「声を出すと、記憶の手がかりが増える」という話でした。
しかし母音の練習は、もっと先まで行っています。言葉の意味だけではなく、口の動き。音。リズム。発音の順番。そこまで含めて繰り返しています。
先ほど紹介したproduction effectの研究でも、声を出した場合だけではなく、口を動かす行為が記憶に関係することが確認されています。
発声には聴覚だけではなく、口を動かしたときの感覚や運動の情報も入ります。
つまり、
「この文章を知っている」という記憶だけではありません。
「この口の動きの次には、この音が来る」という身体側の手がかりまで作っているわけです。
だから34ページのセリフも、頭の中から一文字ずつ検索しているのではなく、口が次の言葉を知っている状態まで持っていく。これが堺雅人さんの母音練習の凄さだと思います。
勉強でも同じ発想が使えます。英単語なら、意味だけではなく発音まで覚える。英文なら、文章を目で追うだけではなく何度も口にする。長い定義なら、実際に自分の口で最後まで説明してみる。
「分かる」から「身体が再現できる」まで持っていく。
読むだけの暗記と、ここが大きく違います。
4. 覚えたかどうかは「もう一度読む」のではなく「何も見ずに言う」

もう一つ、堺雅人さんの話で面白いことがあります。
TBSラジオ『こねくと』で、
「セリフは一応覚えてから行く」
と話し、基本的に台本を現場へ持ち込まないことも明かしています。これ、暗記を考えるうえでかなり重要です。
「見れば分かる」と「何も見ずに言える」は、まったく違います。
教科書を読んでいると、「これ知ってる」と思うことがあります。でも、本を閉じて、「じゃあ説明してください」と言われると出てこない。
よくあります。
これは「見れば分かる」だけで、「自分で取り出せる」状態にはなっていないからです。堺雅人さんの場合、本番では台本を見られません。だから、台本を見ながら完璧に言えることに意味はありません。
必要なのは、台本がなくても言えることです。
これは記憶研究でいう「retrieval practice(想起練習)」とつながります。
KarpickeとBluntがScience誌に発表した研究では、文章をもう一度勉強したり、コンセプトマップを作ったりするよりも、一度教材を閉じて、記憶から取り出す練習をしたほうが、その後の学習成績が高くなりました。
だから勉強でも、読む。読む。もう一度読む。だけで終わらせない。1ページ読んだら閉じる。そして、「今のページに何が書いてあった?」と自分に聞いてみる。白紙に書いてもいいです。問題を解いてもいい。誰かに説明するつもりで口に出してもいい。
「分かった」と「思い出せる」は別物です。
そして試験で必要なのは、後者です。参考書を何周したかではありません。
参考書を閉じた状態で、どれだけ取り出せるか。
ここを暗記の基準にしたほうがいいです。
5. 10か国語でも、まず「自分が覚えられる形」に変える

『VIVANT』でさらに驚かされるのが外国語です。
『日曜日の初耳学』のインタビューでは、堺雅人さんが10か国語ものセリフをどう覚えているのかも紹介されています。
やり方は面白いです。まず外国語のセリフをカタカナにします。それを一度覚える。そのあと、それぞれの言語の先生に発音を直してもらう。しかも、これを何か国語か並行して進めたそうです。僕がここで面白いと思ったのは、「カタカナ」という部分ではありません。
堺雅人さんは、難しい情報をそのまま覚えようとしていません。
一度、自分が扱える形に変えています。知らない外国語の音をそのまま抱えるのではなく、自分が読める文字にする。一度覚える。そこから正確な発音に近づけていく。
この「一度、自分で処理できる形に変える」という行為も、記憶を考えるうえで重要です。
SlameckaとGrafが1978年に報告した「generation effect(生成効果)」では、ただ与えられた情報を読むよりも、自分で情報を生成したときのほうが記憶に残りやすくなることが示されています。
つまり、情報を受け身でそのまま入れるより、自分で加工する。自分で作り直す。自分が扱える形に変える。そうした作業そのものが、記憶の手がかりになります。
だから資格勉強でも、難しい説明をそのまま丸暗記する必要はありません。長い文章なら、短く区切る。専門用語なら、自分の言葉で言い直す。複雑な仕組みなら、図にする。英単語なら、音と意味をセットにする。
覚えられないなら、自分の記憶力を疑う前に「情報の形」を変える。
これはかなり重要です。難しいものを、難しい形のまま何度も読む。
それで覚えられなくて、「自分は暗記が苦手だ」
と思ってしまう。でも、問題は記憶力ではなく、
そもそも「覚えにくい形」のまま頭に入れようとしていることかもしれません。
堺雅人さんは10か国語を前にして、そのまま受け止めていません。
一度、自分が扱える情報に作り替えてから覚えています。
6. 暗記の目的は「覚えること」ではなく、本番で自由になること

ここまで見てくると、もう一つ疑問が出てきます。なぜ堺雅人さんは、ここまで準備するのでしょうか。34ページを暗唱できることを見せたいからではありません。
『日曜日の初耳学』で、林修さんから準備について聞かれた堺雅人さんは、「セリフを覚えてないと、振り落とされちゃいます」と話しています。番組では、アゼルバイジャンでラクダに乗った撮影のエピソードも紹介されています。
実際の現場では、当初の想定とは違うことが起きます。ラクダが予想以上に走れる。カメラの位置が変わる。共演者の芝居もある。その場で演出が変わることもあるでしょう。
そんなとき、「次のセリフ、何だったっけ?」と考えていたら対応できません。堺雅人さん自身も、番組の中で、
「準備は大事です。本番で現場の空気に乗っかれるかどうかは、準備ができているかどうか」
という趣旨の話をしています。ここで、全部つながります。声に出す。隙間時間に繰り返す。母音にして身体に入れる。台本なしで言えるまで取り出す。外国語も自分が扱える形に変える。ここまでやる理由は一つです。
本番で、セリフのことを考えなくて済むようにするためです。
これは資格試験でも同じです。TOEICで英文を読むたびに、「この単語の意味なんだっけ?」と考えていたら、文章全体を理解する余裕がなくなります。資格試験でも、基本用語を一つずつ必死に思い出していたら、応用問題に頭を使えません。だから基礎を暗記します。
暗記力を自慢するためではありません。
難しいことを考えるために、簡単なことを考えなくて済む状態を作るのです。
暗記というと、「脳の中に情報を詰め込む作業」に見えます。でも、僕は逆だと思います。暗記とは、脳の余白を作る作業です。基礎を自動で取り出せる。だから、本番では別のことに頭を使える。
堺雅人さんが大量のセリフを準備するのも、最終的には暗記するためではありません。
芝居をするためです。
覚えることが目的ではありません。考えなくても出てくる状態を作ることが目的です。
これが、堺雅人さんの暗記法を調べていて一番面白かったところです。
まとめ
『VIVANT』で堺雅人さんが扱っている情報量は、とんでもないです。
最大34ページの長ゼリフ。
10か国語。
そして、その状態で演技までしなければいけません。
最初は僕も、
「記憶力が普通の人とは違うんだろう」
と思いました。
でも、本人のインタビューを追ってみると、見えてきたのは違うものでした。
凄いのは、覚える量だけではなく「覚えるまでの工程」です。
声に出す。
時間を分けて何度も触れる。
口の動きまで使う。
何も見ずに取り出す。
難しい情報は自分が扱える形に変える。
そして、本番では暗記そのものに頭を使わないところまで仕上げる。
この方法を一本につなげると、
声で覚える → 時間で覚える → 身体で覚える → 自力で取り出す → 情報を作り替える → 本番で自由になる
という流れになります。
暗記が苦手な人は、
「もっと読まないと」
「もっと勉強時間を増やさないと」
と考えがちです。
でも、堺雅人さんのやり方を見ると、変えるべきものは別にあります。
読む回数ではなく、覚え方です。
だから今日から変えるなら、難しいことをする必要はありません。
いつも黙読しているなら、一度声に出してみる。
夜にまとめて覚えているなら、朝や昼にも少し触れてみる。
参考書を読んだら、そのまま次へ進まず、一度閉じて思い出してみる。
難しい説明が頭に入らないなら、自分の言葉に言い換えてみる。
それだけでも、「読むだけの暗記」からは抜け出せます。
そして暗記のゴールも、
「たくさん覚えている人になること」
ではありません。
暗記とは、必要なときに考えなくても出てくる状態を作り、本当に考えるべきことに脳を使えるようにすることです。
34ページの長ゼリフを覚える必要はありません。
でも、
「読むだけの暗記」をやめる。
それなら、今日からできます。
もしこの記事を読んで、
「自分の勉強では、どうやって取り入れればいいんだろう」
「今の勉強法で本当に合っているのかな」
と思った方へ。
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