めもです!
1)SNSにしない
「だれかに期待すること」を動機づけに使わない。
それが得られなかったときにやめてしまうし、日記の日記らしさがなくなってしまいそうだと思った。
届いたことは通知されないしいいねもフォローも来ない、というのはさみしい部分もなくはないけど、それによって日記を書くときの心のしずかさを保証したいのだ、それをだいじにしたいのだ、という気持ちがある。
(ちなみに「だれにも届かなかった」ということは極力起こらない工夫をしています、なので安心して「この日記もどこかのだれかに届くんだ」って思ってください!)
2)強制しない
たのしいことは続けるし、ほんとにいいなと思ったら同じように思ってくれる人に共有したくなる、と信じている。
なので「日記を書きましょう」「よかったらシェアしてね」みたいな働きかけはしないことにして、その代わりに、行動をしたときに「良かった」「またやりたいかも」と思える体験であるようにがんばっている、がんばりたい所存。
3)愛着を持てる
単に「見てうれしいこと」もだいじな体験になり得ると思っている。
ふつうの日記も日記帳を選ぶところからはじまるけど、その形やデザインに愛着を感じるから持ち運んでいてうれしかったり、開きたくなったりするところがある。
サービスにおいて見た目はときにあとまわしにされたりするけど、「見た目がすてき、だから使っていてうれしい、うれしいからまた使う」みたいな気持ちは、少なくないくらいにはあるなと思う。
(なんかaiで書いたみたいな感じに見えなくもない、aiで書いてないよ!!)





