キーエンスの新人営業は、入社から半年後には一人で担当エリアを持つ。
しかも任されるのは、単に既存顧客を回るだけではない。
担当エリアの顧客へのアプローチから、商品PR、打ち合わせ、クロージング、技術サポートまで、一連の営業プロセスを自分で担当する。
では、営業経験のない新人を、わずか半年でそこまで育てるために何をしているのか。
今回は、新人が入社してから半年後に一人で担当エリアを任されるまで、キーエンスがどんな順番で営業を身につけさせているのかを解説する。
① 入社2週間後には、もう現場に出る
まず驚いたのが、研修期間の短さ。
キーエンスの若手社員は公式サイトの座談会で、
「入社2週間後には営業所に配属され、先輩と横一線で実務に取り組んでいた」
と話している。
もちろん、いきなり一人で放り出すわけではない。
配属後は育成担当の先輩がマンツーマンでつき、分からないことをその場で確認しながら、実際の営業活動を経験していく。
ここで面白いのは、
「営業を覚えてから現場に出す」のではなく、「現場に出ながら営業を覚えさせる」
という順番になっていることだ。
営業研修を何ヶ月も受けてから実践するのではなく、まず本物の顧客、本物の商談に触れる。
そこで、
「この質問には答えられなかった」
「商品の説明はできたけど、相手の課題を聞けなかった」
「提案したけど反応が悪かった」
という具体的な課題が生まれる。
その状態で先輩からフィードバックを受けるから、教わる内容が「いつか使う知識」ではなく、「次の商談で使う知識」になる。
キーエンスは人材育成について、「任せることで、人は育つ」という考え方を掲げている。
失敗しない状態になるまで待つのではなく、早く実践に入れて、実践の中で成長させる。
半年間の育成は、ここから始まる。
② お客さんの前で試す前に、毎日ロープレする
現場に出したら、あとは場数を踏ませるだけ。
……ではない。
キーエンスでは、「ロープレ」と呼ばれる営業練習を日常的に行っている。
一人が営業役、もう一人がお客さん役になり、実際の商談を想定して提案する。
重要な商談の前には、
「この説明で伝わるか」
「どこで質問するか」
「相手からこう返されたらどうするか」
まで事前にシミュレーションする。
そしてキーエンス公式の社員座談会では、このロープレと後述する「外報」を毎日行うと説明されている。
つまり新人は、
顧客の前で初めて営業を試さない。
先に社内で失敗する。
ここでロープレを「営業トークを暗記するための練習」と考えると、本質を見誤る。
キーエンスの営業社員は、ロープレを繰り返すことで自分自身を俯瞰できるようになり、顧客自身も気づいていないニーズを深掘りする力につながったと話している。
「自分はちゃんと説明できたか」だけではなく、
「お客さんから見たら、自分の営業はどう見えるのか」
を本番前に確認する。
実戦だけを100回繰り返すのではなく、実戦の間に練習を挟む。
③ 商談前に「今日、何をするのか」を言語化する
そしてロープレと並んで毎日行われるのが、キーエンス社内で「外報」と呼ばれる1on1だ。
外報が面白いのは、商談が終わってから反省するだけではないこと。
訪問前にもやる。
先輩と、
**今回の訪問の目的は何なのか。
顧客に何を伝えるのか。**
を整理してから商談へ向かう。
ここには、キーエンスの営業そのものの特徴が表れている。
キーエンスは単に商品を紹介するのではなく、顧客の現場に入り、本人たちもまだ気づいていない課題まで見つけて提案することを重視している。
だから、
「今日はA社に商品を紹介しに行きます」
だけでは足りない。
たとえば、
「A社の検査工程について聞く」
「人手がかかっている工程を確認する」
「○○という課題があれば、この商品を提案する」
というところまで考えてから顧客の前に出る。
つまり、商談を始めてから考えない。
何を確認して、何を持ち帰れば今日の商談は成功なのかを、先に決める。
営業経験が浅いと、商談が終わったあとに「結局何しに行ったんだっけ?」となることがある。
キーエンスはそれを、商談前に潰している。
④ 商談後、記憶が新しいうちに「答え合わせ」をする
そして顧客から戻ったら、もう一度外報をする。
今度は、
**何を聞けたのか。
顧客はどう反応したのか。
結果はどうだったのか。
次に何をするのか。**
を先輩と振り返る。
つまり訪問前に立てた仮説の答え合わせをする。
ここで重要なのは、
「商談を経験したこと」と「商談から学んだこと」は別
ということだと思う。
100件商談しても、毎回同じ説明をして、同じところで失敗していたら、経験件数は100件でも改善した回数はほとんど増えない。
一方、キーエンスの新人は、
**商談前に仮説を立てる
↓
ロープレで試す
↓
実際の顧客にぶつける
↓
顧客の反応を見る
↓
外報で振り返る
↓
次の商談で修正する**
ところまでが1セットになっている。
しかも、ロープレと外報は毎日行われる。
だから半年間という期間そのものより、半年間でこの改善サイクルを何回転させるかの方が重要なのだ。
ただ半年営業した人と、毎日の商談を毎日修正しながら半年営業した人。
同じ「営業歴半年」でも、経験の密度はまったく違う。
⑤ 半年後に任せられるのは、「売り方」だけを覚えたからではない
ここまでを半年間繰り返して、ようやく一人で営業を担当する。
でも、キーエンスの育成を調べていて面白いのは、単に「商品を売れる新人」を早く作っているわけではないことだ。
これはキーエンスのビジネスモデルを見ると分かりやすい。
キーエンスは代理店を介さず、営業担当が顧客と直接やり取りする直販を基本としている。
その目的の一つが、顧客の現場から一次情報を直接集めること。
営業が、
「この商品を買ってください」
と売るだけではなく、
**顧客は何に困っているのか。
今の工程にはどんな無駄があるのか。
まだ本人も気づいていない課題はないか。**
まで見つける。
そして、そこで集まった顧客の声や潜在的なニーズは、商品開発にも生かされる。
キーエンスは、こうした顧客との直接的なコミュニケーションを通じて潜在ニーズを把握し、商品開発につなげることを競争力の一つとして説明している。
つまりキーエンスにとって、
営業を育てる=商品を売れる人を育てる
だけではない。
「顧客の課題を発見できる人」を育てること自体が、会社の仕組みの一部になっている。
だからロープレでも、外報でも、
「商品説明をちゃんと言えたか」
だけを確認するのではなく、
**何を聞くのか。
顧客はどう反応したのか。
本当の課題は何だったのか。
次はどうするのか。**
を何度も考えさせる。
ここまで見ると、半年で独り立ちできる理由も少し見えてくる。
まとめ
キーエンスの新人育成で特徴的なのは、ものすごく特殊な営業テクニックを教えていることではない。
やっていること自体は意外と地味だ。
**早く現場に出す。
商談前にロープレする。
訪問前に目的を整理する。
顧客の前で試す。
訪問後に振り返る。
翌日の営業で修正する。**
ただし、それを毎日繰り返す。
普通の会社でもOJTはある。
でも、先輩について半年間働くのと、毎日の仕事に「仮説→実践→フィードバック→修正」が組み込まれている半年では、経験の密度がまったく違う。
キーエンスの育成を調べていて、一番印象に残ったのは「半年」という短さではなかった。
新人がその半年間で、何回自分の営業を修正する機会を与えられているか。
営業力の差は、何年やったかだけでは決まらない。
1回の商談から、どれだけ改善できる仕組みになっているか。
キーエンスが新人を短期間で一人の営業担当として送り出せる理由は、ここにある。
参考資料





