The Day My Husband Became Bedridden

@yukarin_spi
日本語2026年8月21日
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TL;DR

When her husband was left bedridden by COVID-19, a kindergarten teacher quit her job to pursue entrepreneurship. Through 100 days of consistent Instagram Lives, she built a 100 million yen business and now helps others change their lives.

2021年1月。夫は感染した。

新型コロナウィルスだった。

熱が40度出た。

次の日も40度。その次の日も40度。

10日間、下がらなかった。

当時、私は幼稚園の先生だった。子どもは1歳と5歳。

上の子も下の子も保育園

育児休暇から復帰して、生活が慣れてきたところだった。

下の子は、手がかかり目を離せば気づいたら

キッチンや引き出しを開けイタズラ盛りだった。

朝は自転車に子どもを乗せ、お布団や子供のリュックを二人分カゴに入れて送迎してから出勤していた。

18時の迎え後も仕事場に一緒に戻り、運動会やお遊戯会の準備をした日もあった。

娘たちが寝静まった後、園児の衣装を作ったり、ピアノを録音したり、行政に出す書類を作成していた。

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2020年の現役の私です

それでも、なんとか生活はまわっていた。

まわっていたのは、二人で働いていたからだ。

その片方が、起き上がれなくなった。

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**

隔離していれば治ると思っていたのに

コロナに罹患して3日目。

夫の心拍が、目に見えて落ちてきた。

息は浅くなり、立ち上がれない。食事も味がしないから食べれるものが少なくなった。

当時コロナに感染したら、薬はなかった。予防注射もなかった。

解熱を待つのみ。

処方されたのは、痛み止めと解熱剤だけだった。

しかし、熱が下がるわけでもなく、どんどん悪化していったのだ。

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これはまずい、と思った。

病院に行かなければ。

でも、行けなかった。

当時、どこの医療機関も逼迫していた。

検査すら、なかなか受けられない。入院できる施設も空いていない。

かかりつけに電話をしても、受け入れてもらえない。

だから、保健所に電話をかけた。

つながらない。かけ直す。つながらない。かけ直す。

それを、かけ続けた。

あのとき、わたしが握っていたのは、電話だけだった。

目の前で夫の心拍が落ちていく。自分にできることが、リダイヤルしかない。

これ以上に無力な時間。

そして、やっと。

やっと、入院が決まった。

病院までは、夫は「自分の足で歩いて」行った。

そして退院してくるとき、夫は「車椅子に乗っていた」。

帰りは、歩けない人になっていた。

たった6日しか経っていない。

しかも、退院の理由は「治ったから」ではなかった。

熱が下がったから、という理由だった。

解熱したから、順番に退院していく。そういう時期だった。

誰かが悪かったわけではない。医療の現場も、限界だった。

でも、私たちの生活は、そこから始まった。

ここからが私たちの戦いの始まりだったと思う。

退院してきた夫は、別人だった。

医師から言われた言葉が、コロナ後遺症

そして「ブレインフォグ」。

聞いたこともない言葉だった。

実際に何が起きていたか

夫は、味がしなくなった。

塩味も、旨味も、まったく感じない。

「何を食べても、液体と砂を食べてるみたいだ」と。

そして、髪が抜けた。

洗面所が、一面、髪の毛になる。

朝、掃除する。夜、また一面になっている。

めまいが止まらなかった。

三半規管がやられていた。まっすぐ立てない。自力で歩けない。

立って生活する、ということができなくなった。

デジタル画面が見られなくなった。

これがいちばん残酷だった。

パソコンやスマホの画面を見るだけで、吐いてしまう。

夫は、大手PC会社で勤めていた。

ドコモで実績を積み、アメリカ大手のPCメーカーに転職したばかりだった。

復帰ができないことがわかると夫は解雇された

コロナは、私たちの人生をまとめて奪っていった。

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コロナになって1年後、家族で彼の誕生日に外出できるまで回復した

**

それでも、私は幼稚園の先生を続けた。

続けるしかなかった。収入が、それしかなかったから。

朝、子どもたちの支度をして、夫の様子を見て、幼稚園に出勤する。

帰ってきたら、看病と、子育てと、家事。

1歳と5歳は、待ってくれない。

夫の体も、待ってくれない。

それを、1年続けた。

「大変でしたね」と言われることがある。

でも、あのときの自分に大変だという自覚はなかった。

どうしていいのか分からず大変と口にしたくなかったのだ

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当時、友人や両親が隔離生活のためたくさんご支援くださった。本当に感謝しかなかった

1年経ち、治る見込みが、分からないと気づいた。

半年後に良くなるのかもしれない。5年かかるのかもしれない。

このままなのかもしれない。

誰も、教えてくれなかった。

いま自分がやっているのは、「耐えること」だけと。

でも、耐えても何も変わらないなら、それは時間の無駄だと

だから、幼稚園の先生を、辞めた。

正気の判断ではないと思う。

幼稚園の仕事は、大好きだった。

私も教えること、成長していく園児の姿を見るのが好きだった。

しかし、あの仕事は「時間を切り売りする仕事」だ。

どれだけ働いても上限がある。

園長になっても主任になっても給与の上限が見えた

だから私は退職することを決めた

そして

ここが人生の底辺だとしたら

何をしても、もう悪くならないと思った。

結果を出すしかない。

逃げ道を残したまま、人は本気になれない。

私は幼い我が子と家族のために人生を変えることを決意した

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**

起業の知識は、ゼロだった。

事業計画も、資金も、人脈も、実績もない。

当時はスマホも持っていない、PCも持っていない

でも私は会社を建てた。

銀行に頭を下げ、市役所や商工会議所に通い詰めた。

融資していただいた200万を元手にガラケーからスマホに変えた。

PCと机と椅子を買った

そして、子どもが保育園に行っている、数時間で

できることを探した。

たどり着いたのが、インスタライブだった。

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編集がいらない。

撮って、直して、投稿して、という工程を挟む余裕がない。

資料も、機材も要らない。スマホを立てるだけでいい。

その場で反応が返る。

何が刺さって何が刺さらないかが、その日のうちに分かる。

そこから「100日間、1日も欠かさず」

インスタライブをした。

誰もいない画面に向かって話しはじめた。

最初のうちは、本当に誰も来なかった。

視聴者0。コメント0。

自分の声が、部屋に落ちていく音だけがする。

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「今日はやめようかな」と思った日は、

100日のうち90日以上あったと思う。

自分が発熱しても、子どもが病気になっても、

緊急手術を受けなくてはならなくなっても続けた。

アンチが来ても、

仲間から揶揄されても

私は辞めなかった。

インスタがシャドバンされてアカウント停止に追い込まれた

ビジネスパートナーから成果報酬が払われない

うまくいかないことしかなかった。

自分が自己投資していたコミュニティ主催者に

アカウントをブロックされコンサルをバックれられたこともある

その度に

「自分を信じてやり続ける、自分を見捨てたら何も残らない」

私が最初にやったことは、辞めないだけだった。

ただただ、スマホの電源を入れインスタライブをした。

そしたら、私に

「インスタライブのやり方を教えてほしい」

という人が現れたのだ

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そして私には、愛すべき仲間ができたのだ。

続けていたら、応援してくれ、支えてくれる人が増えていったのだ。

だからこそ私は伝えたい

簡単に諦めないでほしい

自分を信じて人生に向き合ってほしい

チャンスは無限あることをしってほしい

家族を大切にしてほしい

幸せはいつもそばにあることを感じてほしい

易きに流れないでほしい

今、現実を変えたいなら

・収入の柱を増やしたい

・小さい子どもがいて、まとまった時間が取れない

・収入を上げたいけど、どうしていいのかわからない

・毎日、満員電車に乗るのが辛い

・本当にやりたいことがあるのではないかと感じている

・親孝行したいけどそんな余裕はない

と思ったら、私に出会ったのは必然です。

お金や環境のせいにして現実から逃げるのはもう辞めよう。

私は、夫が病に倒れたときに誰のせいにもできなかった。

国のせいなのか?

会社のせいなのか?

コロナのせいなのか?

私の雇用が幼稚園の先生だったからなのか?

誰かのせいにしても人生は1ミリも変わらない。

私はただ、自分の現実から逃げなかっただけだ。

収入が低いのを学歴や環境や家族や上司のせいにしなかった

私が自分の手で掴むと決めただけだ。

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受講生や仕事を依頼してくださるインフルエンサーやスピ系Youtuberの方々には心から感謝している

紛れもなく一人では、たった4年でここまでくることはできなった。

しかし、同時に辞めていく人たちもたくさん見た。

大抵、人のせい、環境のせい、お金がないせい、時間がないせい

にしている。

私は、もう誰のせいにもしてほしくない。

紛れもなく自分で選んだ道で、自分で選んだ現実

だからこそ、私は伝えたい。

人生は、変えられる

自分が思った通りに「現実は変わる」

人生を本気変えるきっかけは、こちら

https://utage-system.com/line/open/kVVp89lnbKa5?mtid=DNs9phnmOfRQ

貴方もできるよ

最後まで読んでくれてありがとう♡

※本記事の実績は個人の結果であり、成果を保証するものではありません。また、症状の経過には個人差が大きく、医学的な助言を目的としたものではありません。体調に不安がある場合は医療機関にご相談ください。

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