食欲も普通。眠れてもいる。なのに、私の心は壊れかけていた。
うつ病のサインとしてよく語られるのは、食欲の低下、眠れなくなること、家事ができなくなること——私はそのどれも、当てはまらなかったときがある。
日常はある程度送れていたからこそ、自分の状態に、なかなか気づけなかった。
当時、私を最も苦しめていたのは「連絡ができなくなること」だった。
友人知人、家族からの連絡を返すことができなくなってしまった。
そして、最も重大なサインとして、「仕事での報連相もできなくなった」ことが挙げられる。
上司や先輩から理不尽を浴び続けていたわけではない。
「これくらいは自分でやらないと」と思いながら、少しずつ抱えすぎていった。周りに頼れる人はいたはずなのに、なぜか声をかけられなかった。この程度のことで、相手の時間をとってはいけない。完璧にできないなら、言い訳になる——そう思っていたから。
そんな日々が負債のように積み重なっていき、心が徐々に圧迫されていた。
今振り返ると、3つの機能が順番に止まっていた。
まず、自分の状態を認識する回路が壊れた。
「今、何ができていないのか」がわからなくなった。できていないのはわかる。でも、何が、どのくらい、なぜ——その輪郭がつかめない。
次に、**それを言語化する装置が止まった。
**
頭の中はモヤのようで、言葉にならない。メールを書こうとすると、文章が霧に溶けていく感覚だった。近くに頼れる人がいても、心がまとまらない。
そして最後に、「助けを求めるべきだ」という判断すら、浮かばなくなったのだ。
これがとても静かで、最も危険な状態だった。
食欲がなくなったり、眠れなくなったりすれば自分で気づく。
でも、報連相ができなくなることは、「私は仕事ができない」という自己嫌悪にしかならなかった。サインではなく、欠陥として自分で処理してしまった。
しかも、この状態は周りからも見えにくい。
報連相が止まった私は、周りからは「特に相談のない、順調な人」に見えていた可能性がある。
問題が起きれば人は声を上げる。声が上がらないなら、問題はない。そう受け取られるのは自然なことだった。
いちばん助けが必要なときに、いちばん助けが要らない人に見える。自分でも気づけず、周りからも気づかれない。それが、このサインの本当の怖さだった。
この経験から、私は考え方を変えた。
「報連相ができる自分」を目指すのをやめたのだ。
どれだけ意識しても、「これくらいは一人でやらなきゃ」と抱え込んでしまう自分は、そう簡単には変わらないとわかったから。
代わりに、「報連相ができなくなる自分」を前提にした環境をつくることにした。その方がずっと現実的だった。
少しでも調子が落ち着いているうちに、たとえば——
- 「相談したいことがあります」などを書いた定型文を用意した
- 上司に、自分が報連相できなくなるパターンをあらかじめ説明した
- 「連絡が途絶えたら声をかけてほしい」と先輩にお願いした
- 自分から発しなくても話せる場として、定期的な1on1を設けてもらった
どれも、壊れかけた自分になったとしても掬われる仕組みだ。そして、沈黙を「順調」ではなく「助けてほしいサイン」として周りに受け取ってもらうための“繋がり”でもある。
完璧な自分になろうとするのではなく、不完全な自分が生き延びられる環境をつくることが重要だ。
そしてそれを、自然な形でおこなえると、より良い。一方的に相手に負担をかけるわけでもない、仕事が回るwin-winの関係を築くことができる。

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