「スクロールできる」SNS をすべて削除してから、もうすぐ 6 週間が経つ。そしてこれは、本当に僕の人生を変えた。
生きる喜び、自制心、自信、時間…挙げればキリがないほど、それらを取り戻せた気がする。
少し前まで、僕の典型的な日曜の朝はこんな感じだった。
目が覚めるとすぐにスマホに手を伸ばし、2 時間ほどスクロールする。
それから朝食を作るんだけど、YouTube で何か面白そうな動画を見つけるまでは食べられない。

こういう朝を過ごすと、決まってその日一日中みじめな気分になり、何も手につかなくなる。
あなたのためを思って言うけど、今話したような経験には共感できないでいてほしいと本気で願っている。
でも残念ながら、多くの人は当てはまってしまうだろう。
僕はここで「SNS は体に悪いよ」と説教するために書いているわけじゃない。そんなことはもう知っているはずだ。
僕が伝えたいのは、それがどれほどの代償を払わせているかに気づいてもらうことだ。
そしてそれが伝わったら、どうやって「また生き始める」かを教えようと思う。
だって、以前の僕の生き方は、とても「生きている」とは言えなかったから。
ただ生き延びていただけだった。
I - あなたはイカサマゲームに参加させられている
あなたの名前はダビデ。相手の名前はゴリアテだ。
何十億ドル規模の SNS 業界は、あなたをスマホに縛り付けておくためだけに、世の中で最も優秀な(あるいは最も悪賢い?)頭脳を集めている。
あなたの行動はすべて監視されている。「いいね」やコメントをした投稿、フォローしている人、クリックしたリンク、特定のジャンルでの視聴時間。これらすべてが、あなただけのパーソナルフィードを作り上げるために使われている。

僕たち人間の本性が、自分たちに対して武器として使われているんだ。何千年も前に祖先を野生で生き延びさせた生存本能は、今のデジタル世界とはまったく噛み合わない。
僕たちのドーパミンシステムは、結果が出る保証もないまま何時間も獲物を探し続けられるように設計された。不確実性を乗り越える助けになったのは、諦めることが飢え死にを意味したからだ。
でも僕らは毎日マンモスを狩ったり、サーベルタイガーと戦ったりしているわけじゃない。代わりに僕らが「狩って」いるのは、次の面白いクリップ、次のタメになるリール、次のセクシーな動画だ。なぜなら、次に興味を引くものはいつも「あと 1 スクロール先」にあると思わされているから。
だから僕らはスクロールし続ける。
あなたがこうして人生の時間を無駄にするほど、彼らは儲かる仕組みになっている。
だからこそ、「SNS 自体が悪いわけじゃなく、結局は自分がどれだけ使うか次第だ」という意見には賛成できない。
それは、ヘロイン依存症の人に向かって「もっと自制しろ」と責めるようなものだ。しかも、目の前のテーブルにヘロインを置いた直後にね。
そんな状況で、10 回中 10 回どんな結末になると思う?
II - 愛する人を手放すように「訓練」されている
ショート動画からの絶え間ない刺激は、あなたの集中力をズタズタにする。注意力も合理性も失われ、結果として人間としての芯がスカスカになってしまう。
スカスカな心:
自分の注意を向ける対象をコントロールできなくなった状態。意識的に何に集中するかを選ぶのではなく、目の前に出されたものを無意識に吸収し続けてしまう。
スカスカな心では、愛を持続させるのは難しいと僕は思う。
関係性における不確実さに耐えられず、それを非難に変えてしまったり、見ず知らずの他人に解釈を委ねてしまうなら、破綻するのは目に見えている。
習慣的に TikTok や Instagram のリールを開くとき、あなたは「スクロールしよう」と意識して選んでいるわけではない。これによって心は一種の「麻痺した」状態になる。潜在意識が外部の影響を最も受けやすくなる状態だ。
そして十分に繰り返されると、何度も消費したものが「何が普通で、何が望ましくて、何が真実か」という感覚を形作っていく。
「こんなのを見た」が、いつの間にか「自分はこう見ている」にすり替わる。
個人的に、これは本当に恐ろしいことだと思う。
そして、あなたの恋愛が必ず訪れる荒波の時期に入ったとき、アルゴリズムが修復や仲直りの方法を教えてくれると思うだろうか?
ネタバレ:教えてくれない。
代わりに「別れるべき理由」ばかりが表示されるようになる。
「毒親・毒パートナー」「最低限すらできていない」「不安」「自分を優先して」。

パートナーが不快さを伝えたとき、フィードが「そう感じるなんて心が狭すぎる」と吹き込んでいたら、あなたは自分自身を振り返ろうとさえしない。問いは「なぜ相手はこう感じているのか?」から「こんなことで動揺する相手のどこがおかしいのか?」へと変わってしまう。
この先どうなるかは想像がつくだろう…
結局のところ、大切な人との関係には双方の努力が必要だ。
でも SNS は、そうではないと思わせている。
III - あなたの不幸が彼らの利益
次のような経験に心当たりがないか教えてほしい。
SNS を開くと、今まで見た中で最高に美しい人が現れる。肌は完璧、髪は完璧、歯は真っ白…まあ、そういうことだ。
すると急に、自分の見た目に自信がなくなる。肌はツルツルじゃないし、髪はちょっと傷んでるし、よく考えたら歯も少し黄ばんで見える…
でも待って!プロフィール欄には、その人が使っている商品を全部買えるリンクがある!!よし、これで自分もあの人みたいに完璧になれるぞ!
そう、これが彼らのやり方だ。
彼らはあなたに自信をなくしてほしい。他の人と比べてほしい。なぜなら、その比較が「問題」を生み出し、商品が都合よく「解決策」を約束してくれるからだ。
問題は、それが完全にうまくいくことは絶対にないということ。
たとえば女性は「ガラス肌」を売りつけられる。毛穴ゼロで、光を反射するような、現実離れした肌になれると言われる。
基準は意図的に「漸近的」に設定されていて、消費者であるあなたを永遠に「まだ途中」の状態に置き続ける。
その結果、スキンケアの手順はどんどん増え、使う製品も増え、そもそも到達不可能な基準に近づけると約束され続ける。
漸近的:
変数が無限大に近づくにつれて、ある特定の値や限界に限りなく近づいていくが、必ずしもそれに触れることはない線、曲線、または関数のこと。
男性に売りつけられているのは「ルックス最大化(Looksmaxxing)」だ。不安を食い物にする者たちによって、顔そのものが危機として販売されている。
最初はシンプルな身だしなみから始まり、やがて極端な食事制限や「骨砕き(bone-smashing)」へとエスカレートする。気づけば、手術や顎インプラントの話になっている。

僕らは常に「これで十分」という地点に届かないようにされていて、最適化が終わらないプロセスになっている。そして一度そのループに入ると抜け出すのはほぼ不可能だ。しばらくすると、「不安から買ったもの」が自分のアイデンティティの一部になってしまうから。
人間は、適当に買ったものを守るよりも、アイデンティティの一部だと感じるものを守るほうがずっと必死になる。
これを読んでいる今も、あなたが「アイデンティティとして買ったもの」が頭に浮かんだはずだ。そして脳はすでに「でもあれは違う」と言い始めている。
本当にそうかな?
IV - 「退屈する力」を失っている
最後に 5 分以上、本当に退屈を受け入れたのはいつだろう?
少し前にこう聞かれていたら、僕は答えられなかっただろう。
僕たちの脳は、退屈を感じた瞬間にスマホに手を伸ばす癖をつけてしまった。通勤中。病院の待合室。スーパーのレジ待ち。
スクロールをやめてから、こうした場面で「今ここ」にいられるようになった。みんながどれほどスマホに魅入られているかが、自分の目でわかるようになった。そして、かつての自分も同じだったという事実にゾッとした。
日常の小さな交流を見逃している。お年寄りへのちょっとした笑顔と会釈。かわいい見知らぬ人との目が合う瞬間。小さな子どもの笑い声。
こういう瞬間は、一日中ニヤニヤしてしまうくらい心を満たしてくれる。でも今は、みんなが手元の画面に目を落としているせいで、どんどん少なくなっている。
退屈する力を失うと、自分の思考と一人で向き合う力も失う。脳を使わなければ、記憶力、創造力、計画を立てたり振り返ったりする力が衰え始める。
もし明日スマホが消えたら、ようやく自分の考えを聞けるようになるだろうか。それとも、ノイズの下にはほとんど何もないことに気づくだろうか?
- the unpublished room, we’ve stopped allowing ourselves to be bored より
同時に、僕たちは退屈する力だけでなく、かつて好きだったものを楽しむ力も失っている。
僕は昔から映画やドラマが大好きだ。観たものはすべて IMDb で記録して評価し、友人や家族と最近観た作品について語り合うのが好きだった。
でも少し前、その情熱が薄れていくのを感じた。10 分ごとにスマホを触らずには映画を観られなくなった。新しいドラマを始めるのも、普段は楽しみなのに、喜びではなく義務のように感じた。
でも SNS を削除してからは、映画やドラマを純粋に楽しむ力を取り戻せた。

映画を観ることが「生産的」に感じ始めたら、もう終わりだよ
- 僕
V - 脳を取り戻し、再び生き始める方法
ステップは 4 つある。
- 自分に問題があると認める
- どうしても直したいと強く願う
- 直し方を知る
- 行動する
ステップ 1 と 2 は、ここまで読んだあなたならクリアできていると信じている。
ステップ 4 は、この記事を読み終えた後に起こることだ。
そしてステップ 3 を、これから伝えよう。
i - 未来の自分を妨害する
機会があれば、退屈した瞬間に未来の自分は必ずスクロールを始めると想定し、それに応じて行動すること。
恥ずかしいけれど告白すると、僕も過去に「ノースクロール」に挑戦して、見事に失敗した。ネット上の誰かに触発されてやる気を出すところから始まる。アプリを消して、「もう二度とあの慣れたスクロール動作に親指を使わない」と自分に言い聞かせる。
でも翌日になるとモチベーションは消え、アプリは再インストールされ、親指はいつもの定位置に戻っていた。
今回は違った。やる気が出たときに、未来の「やる気がない自分」に向けて準備をした。アプリを削除し、弟に頼んでパスワード付きのブロックを設定してもらった。決断する余地を自分から奪う仕組みを作ったんだ。
モチベーションだけに頼るのは、長期的には悪い戦略だ。自分との約束を守らせる「仕組み」に頼る必要がある。
ii - 誰かに話す
自分がやろうとしていることを誰かに話すのは、本当に重要だ。
僕のように誰かにアプリをブロックしてもらう方法を選ぶなら、これは前のステップとセットになる。でも単に、責任を持って見守ってくれて、苦しくなったときに話せる相手がいるだけで、プロセス全体がずっと楽になる。
ノースクロールをしたいけれど話し相手がいないなら、「これをやります」とメッセージを送ってくれれば、僕が accountability パートナーになるよ。
iii - 体を動かす
筋トレは、壊れたドーパミンシステムを回復させる最も自然で効果的な方法だ。
スクロールと違い、運動で得られるドーパミンは自分で勝ち取ったものだ。だから持続する。
同時に、自分への信頼も再構築される。「少しだけスクロールする」と自分に言いながら、結局夜中までスクロールしてしまったあのたびに裏切ってきた信頼を。
強い体を作ることで得られる自信は、他では味わえない特別なものだ。そしてその自信は、誘惑が訪れたときに自分の言葉を守り抜く力になる。
小さく始めよう。散歩をする。自重トレーニングをする。トレーニングがライフスタイルの一部に感じるまで、少しずつ積み上げていく。
目標は次のミスター・オリンピアになることじゃない。人生を消耗させるのではなく、実際に豊かにしてくれる、自然なドーパミンシステムを脳に与えることだ。
iv - 夢中になれるものを見つける
目的を持つことで、自分の理由(why)ができる。
もし「やることがない、取り組むものがない、作るものがない…」と感じているなら…
スクロールしていたほうがマシになってしまう。
だからお願いだ、夢中になれるものを見つけてほしい。何かを作る。何かを学ぶ。何かに没頭する。
それはスクロールをやめる助けになるだけじゃない。人生そのものを楽しむ助けにもなるはずだ。
また次回、
—Joel
追伸
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