蓮見、もういい。もういいんだ。
演劇は流行らなくていい。
俺は売れない演劇人、自称・劇団員だ。
今年で36歳になる。
ここまで来たら、もう俺には必要なんだ。
「演劇は流行っていなかった」という言い訳が。
俺はもう、そう言って死ぬ準備をしている。
演劇は流行らない。
客は来ない。
劇団員が年を重ねていく。
そして俺は、酒の席で少し笑いながら愚痴るのだ。
「いやあ、時代が悪かったなぁ」
そう言えないと困る。
そういう終わり方でないと、俺が壊れてしまう。
だから蓮見、もうやめてくれ。
お前が人懐っこい笑顔でみんなを魅了するたびに、俺は少し困るんだ。
演劇を広げようとするな。
演劇の入口を増やそうとするな。
演劇を知らない人間に、演劇の面白さを伝えるな。
そんなことはもう、やめてくれ。
俺は演劇が流行っていない世界に適応したんだ。
演劇が流行らないという前提で、「流行ってさえいれば、俺はもっと評価された」という、小さな墓をすでに建てたんだ。
壊すな、俺の墓を。
俺を、演劇が流行っていない時代の被害者でいさせろ。
とても居心地が良かったんだぜ。
「自分が80年代にさえいれば、確実に成功していた」と思い込む日々は。
可能性のまま、終わらせてくれ。
時代が違えばと、演劇がもっと注目されていればと、
そういう仮定の中に、俺の自尊心を眠らせてくれ。
いいか、蓮見、落ち着いて考えろ。
演劇が流行っているのに売れていないのが、一番ヤバイだろう。
そんな、人が一番ヤバくなるような世界を、つくろうとするな。
蓮見。頼む。蓮見。
落ち着け。蓮見。
あまり笑うな。蓮見。
お前の笑顔は可愛すぎる。
お前はもう、あまり笑うな。
蓮見。
お前は善意でやっている。
演劇が好きだからやっている。
面白いものがもっと届いてほしいからやっている。
演劇には可能性があると信じているからやっている。
まずその感じを、やめろ。
そんなことをしたらみんながお前を応援する。
お前はもう、動くな。
蓮見。
頼む、蓮見。
なんてオシャレな名前なんだ。
蓮見。
岸田國士戯曲賞だけは獲らないで欲しかった。
ああ、上田誠、お前もだ。
お前の動きにもヤバさがある。
蓮見。上田。
お前らは俺の墓を荒らしている。
お前らみたいな、世にひらけた存在がこの賞を取ると、ヤバいんだ。
大石だけでいい。大石みたいなのだけが岸田を獲れ。
あいつはなんだ。
あいつはなんだか様子がおかしいぜ。
あれでいい。あいつはいいぜ、大石。
あいつはいい。
あいつは様子がおかしいぜ。
いいんだよ、岸田國士戯曲賞なんて、誰も知らないままで。
どうせ俺が獲らない賞なんだぞ。
……だけどな、俺だって諦めたわけじゃない。
本当に諦めた人間は、こんなことを言わない。
本当に演劇から離れた人間は、演劇が流行ろうが流行るまいが、どうでもいいだろう。
俺はどうでもよくないんだ。
どうでもよくないから、「流行らないでくれ」と願っているんだ。
演劇が流行った世界で自分が売れない景色を、見たくない。
演劇が流行らない世界のまま、ごく一部の人にそれなりの評価をされながら、ゆっくり死んでいきたいんだよ。
蓮見、頼む。
わかってくれ。
蓮見。
上田。頼む。
もうやめてくれ。
これ以上演劇をひらくな。
演劇を外に出すな。
演劇に風を通すな。
演劇を、流行らせるな。
俺は!
俺の人生の結末を!
俺の努力不足や!
才能不足や!
怠惰や!
判断ミスや!
愛されなさだけで!
説明するわけにはいかないので!!
ここはひとつ!
時代のせいで頼む!!
時代とか国とかで、俺の不遇を説明させてくれ!!
「演劇が流行っていない時代だったから」
「小劇場に客が来ない時代だったから」
「文化にお金が回らない国だったから」
「SNSと動画の時代に、舞台は相性が悪かったから」
「そもそも演劇なんて、そんなに広がるものではないから」
死守!これを死守せよ!!!!!
蓮見!
蓮見!
上田!
俺もうダメなんだ!
蓮見!
蓮見くん!
蓮見くん!!!!!
助けて!!!!!
もう助けて!!!!!
蓮見くんもう助けて!!!!!
蓮見くん!!!!!!
痛い!!!
痛いよぉ!!!!!!!!!!
うわああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(了)





