最近、日本を訪れたイタリア人の方が「ベジタリアンだと食べられるものが少なく、日本の食事には多様性に欠ける」と感じた、という話を見ました。
私は日本の文化が大好きなラトビア人ですが、この話を見て少し考えたことがあります。
「困った」と感じることは悪くない

まず、外国人が日本で不便を感じること自体は、悪くないと思います。
宗教やアレルギー、ベジタリアンやヴィーガンなど、世界にはいろいろな考え方や食習慣があります。
日本へ行ってみたら、想像以上に魚の出汁が使われていて食べられる料理が少なく、それを「困ったな」と感じるのは自然なことなのだと思います。
ただ、その「自分にとって選択肢が少ない」という経験で、その国を「多様性に欠けている」と考えてしまうのは、少し違うように感じます。
なぜなら、そこにはその国で長い時間をかけて育まれてきた食文化や、歴史、暮らしがあるからです。
ベジタリアンのメニューを増やすこと、その他にも外国人が過ごしやすいように選択肢が増えていくことは、良いことと思います。
でも、外国人を受け入れることと、その国が外国人の価値観に合わせて変わることは、同じではありません。
「外国人に優しい国になること」と「外国人に合わせた国になること」は違う。
そして本当の意味での多様性とは、すべてを同じ基準に合わせることではなく、それぞれの国にある「違い」をお互いに尊重できることなのではないかと私は思います。
「不便」の中にも、その国の文化がある

日本料理に魚の出汁が多く使われているのは、外国人への配慮が足りないからではありません。
海に囲まれた日本で、人々が昔から魚や海藻を食べ、その土地にある食材を生かしてきた。
その積み重ねの先に、今の日本の食文化があります。
一部の外国人にとって不便なことでも、日本にとっては何百年も受け継がれてきた大切な文化なんです。
だから私は、自分の文化や習慣と違うものに出会ったとき、その違いを不満として言葉にするのではなく、
「どうしてこの国ではこうなんだろう?」
と考えることを大切にすると良いと思います。
調べてみたら、そこには知らなかった歴史や、その国の人たちが大切にしてきた価値観があるかもしれないからです。
対応してくれたら「ありがとう」

もちろん、いろいろな人が食事を楽しめるように工夫するお店が増えることも、外国人が旅行しやすい環境が整っていくことも素晴らしいですし、そういった対応をしている飲食店も多くあると思います。
昔と比べ、多言語のメニューを用意されてるお店がずいぶん増えてきたとも思います。
でも外国人は、それを「やって当然」とは思ってはいけない。
対応してくれたら「ありがとう」。
対応していなければ、その環境に自分が適応するでもいいし、自分に合う場所や方法を探してみることもできる。
外国へ行くということは、自分が普段暮らしている世界とは違う文化の中に入っていくことでもあります。
だから、受け入れる側だけではなく、訪れる側がその国の文化を尊重する気持ちが必要です。
自分の視点で考えてみればよくわかる

これは日本だけの話ではありません。
私の母国ラトビアにも、ラトビアの料理があり、言葉があり、習慣があり、長い歴史があります。
世界中からたくさんの人が来てくれるのは嬉しい。
外国人が過ごしやすい国になることも良いことだとは思います。
でも、外国人に合わせることを優先しすぎて、ラトビアらしいものが少しずつ失われてしまったら、私はきっと寂しい。
それはどこの国だって同じことが言えると思う。
だから、全ての国はその国の人々が繋いできた文化を、外国人に合わせて変える必要はないと私は考えています。
私が日本を好きなのは、日本が日本だから

そもそも私が日本を好きになった理由の一つは、ラトビアとは全然違う国だったからです。
食べ物も違う。
言葉も違う。
習慣も違う。
当たり前だと思っていることも違う。
初めて知るたびに、
「なんで日本ではこうするんだろう?」
と興味を持ちました。
そして調べていくうちに、日本の歴史や文化をもっと好きになりました。
もし世界中の国が、外国人旅行者が困らないようにと、同じ食べ物、同じサービス、同じ習慣になってしまったらどうでしょう。
確かに旅行は便利になるかもしれません。
でも、今よりずっとつまらなくなると思います。
違うから、知りたくなる。
違うから、面白い。
違うから、その国へ行く意味がある。
外国人に優しい日本であることは嬉しいです。
でも同時に、外国人に合わせすぎて、日本らしさを失ってほしくない。
そして私たち外国人も、日本に「こうあってほしい」と求めるだけではなく、まず日本にあるものを知り、その背景を理解し、尊重する。
そんな関係が一番素敵なんじゃないかなと思います。
日本には、これからも日本でいてほしい。
日本の外から日本の文化を好きになったラトビア人として、そう思います🇱🇻🇯🇵
アルトゥル





