ゴミ袋を、両手に持っていた。
義父の愛人が出入りし、痴呆の祖母が暮らし、知的障害のある義叔母が時々帰ってくる、夫の実家。
夜中、ひとりでゴミ袋に詰めながら、私は思ってた。
「私がやらなきゃ、誰がやるの」
その時の私は、それを愛だと信じてた。
宇野昌磨さんと本田真凜さんの、アイスダンス挑戦の会見を見た。
宇野さんは、隣に座る本田さんを前にこう言った。
「真凜は僕じゃなくても、他の人と組めば数年でトップに行ける」
「でも、真凜の凄さを一番知っているのは僕で、それをみんなに伝えたい」
「だから、絶対、隣は自分がいい」
スマホを持つ手が、止まった。
私があの夜、ゴミ袋を持ちながら信じていた愛と、この28歳の男性が語っている愛は、完全に、正反対だった。
「あなたがいないと私はダメ」って言う男性と、「あなたはいなくても立てる人。でも隣にいたいのは私だ」って言う男性。
前者と一緒にいると、女性は少しずつ削れていく。後者と一緒にいると、女性は満ちていける。
私はその「削れていく側」に、20年以上立ってた。それを愛されてるって勘違いして、自分の人生をすり減らしていたことに、ずっと気づけなかった。
20代後半から30代にかけて、夫との関係は、まさに前者だった。
「あなたは私がいないとダメ」
「私が支えてあげる」
「私がやらなきゃ全部回らない」
相手を「自立できない人」にして、そのポジションに自分を差し込むことで、「必要とされてる」っていう幻を保ってたんだと思う。
「私がいなきゃダメな状態を、私が作って、私が必要とされたかっただけ」だった。
その結末は、夫は仕事を休みがちになって、パチンコで生活費を使い、私は子どもを連れて、夜逃げするように離婚した。
「私が支えてあげる」型の愛は、支えられた側を「立てない人」にしてしまう。
そしていつか必ず、「私がいなきゃダメな関係」に飲み込まれるこっちが壊れる。
40代になって、今のパートナーと4年続いている。最初は、こんなに穏やかでいいんだろうかと戸惑った。
「私がやらなきゃ」と思う場面がほとんどないし、「あなたがいないと無理」と言われることもない。
最初は、それが愛されてないサインに見えた。
「もっと必要とされなきゃ」
「もっと尽くさなきゃ」
そう思っている自分に気づいた時、ハッとした。ああ私、まだ「相手を立てなくする愛」を求めてるんだな。
ちゃんと立てる人の隣にいる、という愛を、私は40代になるまで知らなかったんだ。
宇野さんの「絶対、隣は自分がいい」は、独占の言葉じゃない。
「あなたは立てる」
「私も立てる」
「その上で、二人で立ちたい」
という、対等を前提にした選択の言葉だって感じた。
「私が支えなきゃ」も、「あなたがいないとダメ」も、愛じゃなくて、お互いを立てなくするための、共依存のセリフだったのかもしれない。
「私が我慢すれば全部丸く回る」と思っている人へ。
その我慢、相手のためじゃなくて、「必要とされたい自分」のためになっていないか、
愛は、相手を「立てない人」にすることじゃない。「立てる人として尊重した上で、隣を選ぶ」ことだから。
私はまだ、ふとした瞬間に揺れる。
「もっと役に立たなきゃ」
「もっと必要とされなきゃ」って。
完全には抜けてない。でも、その揺れに気づけるようになっただけで、人生はずいぶん楽になった。
絶対、隣は自分がいい。そう言える関係を、自分から作っていきたいよね。
──ここまで読んでくれてありがとう──
この記事が「自分のことだ」と感じたあなたへ。
▼note メンバーシップ「おりょんの部屋」
📚 解体図書館プラン ¥980/月
・この記事を含む有料note全本(12タイプ全話)読み放題
・週1の限定エッセイ(今まさに解体している話)
・月1の12タイプ深掘り動画
・メンバー限定掲示板への参加
単体¥980/本を1本買うのと同じ価格で、
12タイプ全話+限定コンテンツが読み放題。
次の1本が気になる方は、月額プランの方が圧倒的に得です。
👉 おりょんの部屋
https://note.com/apt_puma4059/membership/join
──まだ自分のタイプがわからない方へ──
▼3分でわかる無料診断+3大特典(LINE)
・人生パターン書き換えワーク
・行動トリガー設計シート
・12タイプ人生パターン解説ガイド
おりょん





