全社表彰式がおわり、何件かカラオケをはしごして朝5時。田中さんは、先に電車に乗り込んだ私を最後まで見届けるように駅のホームからじっと見ていた。いつもなら、その視線に気づいたら少しだけ頭を下げるけど、この日は思い切って小さく手を振ってみた。田中さんもふっと笑って手を振りかえしてくれた。地下鉄なのに不思議と、朝日が差したみたいに周りが明るくなって、新鮮な空気がすーっと体内を通過した。
私は現在、メガベンチャー規模のコンサルティング会社で働いている。新卒で入った大手外資系コンサルティング会社から転職し、もうすぐ一年半が経とうとしている。
この場所に来て、私の前職で燻らせていた「認められたい欲」が爆発し、その存在に悩み苦しんで、向き合って、なんとか自分の中でカタチになった過程を書き記したい。
ちなみに、タイトルでは「承認欲求」という言葉を使っているが、本当は世間一般的にネガティブなイメージがついたこの言葉はあまり使いたくなかった。本来、承認欲求は人間のごく自然な欲であり(マズローの5段階欲求でも上から二番目に位置している)、何もネガティブなものではない。それなのに無理やり抑えようとしてしまうことは、承認欲求が肥大化することよりも、かえって自分を苦しめることにつながる。
だからこそ、あえて現代ではネガティブな意味に捉えられがちな「承認欲求」を再考しようよ。「承認欲求」って、拗らせるだけじゃなくて、違う扱い方もできるんだよ。...ということを伝えていきたいし、読んでくださったみなさんと一緒に考えていきたい。
そのきっかけとなればいいなという思いで、私の人生初の転職後、約半年にわたるエピソードを書いていきたいと思う。
1. 逃げたくて転職した
新卒で入った外資企業では、約5年ほど働いていた。最後は管理部門にいた。そして最後の一年はグローバル本社の景気動向や度重なる組織再編にかき乱されており、かなりカオスな状態だった。上司からは「早く昇進させたいんだけど順番待ちだからごめんね」と言われながら、昇進はできないがボーナス額だけ跳ね上がるなどの、典型的な"その場しのぎフォロー施策"がうたれていた。
そんな環境から脱したい一心で、いまの会社に入った。だから最初は正直、この先やりたいことも叶えたいこともなかった。やりたいことを叶えるためではなく、もう苦しくない場所へ行きたかった。
そして、今の職場で「何がやりたいの?」「どんな仕事がしたい?」と聞かれるたびに、どんどん気づかされることになった。自分が思っていた以上に、前職での「思うように肩書き等でわかりやすく評価されない経験」が自分自身を傷つけていて、そこが解消できていない状態で自分の希望や願望をワクワクと思考することが難しくなってしまっていることに。
2. 「地位と名誉が欲しいんです」
入社して2ヶ月後。
育成係の先輩が決まり、初めての1on1面談を行ったときに、「何を目標にする?」と問われて、言葉に詰まってしまった。そして、2回目の面談までに考えてくることになった。
そして2回目の面談。
それまでに色々と考えを巡らせてみたものの、やはり私の頭に浮かぶものは、それほど変わらなかった。
「私、地位と名誉が欲しいんです」
そう伝えた。インパクトの強い言葉だけど、そのときの私の本心に限りなく近かったと思う。目標を何か設定しなければならないのであれば、もうこれしかないと思った。特にやりたい仕事もなければ、この領域に興味があるというものも定まっておらず、待遇がそれほど悪くなくマイナス要素が少ない環境で働きたくて、ここに来た。そこで、何かを得るとしたら、それは「地位と名誉」という言葉で表現されるものだった。
そして育成係の田中さんも、その発言を決して否定することなく受け入れてくれた。
「わかった。じゃあ、地位と名誉を得るために、どんなことが必要が考えていこうか」
田中さんはそう言った。私は初回の1on1から薄々感じていたが、この瞬間に確信した。この人、信頼できる....!田中さんと私の二人三脚は口火を切り、その日から、私の拠り所は「地位と名誉」になった。
3. 『地位と名誉』を分解して、目標を立てる
地位と名誉を得るために、まずは「地位と名誉」の正体をひもといて、何を得るべきかを明らかにした。
◎私がほしい『地位と名誉』とは:
◼︎欲しいもの
├昇進等の肩書き(分かりやすい記号で認められたい)
├周囲の人や会社の偉い人から「すごいね、よくやったね」と称賛されること
├好きな上司や先輩から「一緒に仕事したい」と想われ続けること
◼︎いらないもの
├お金(いまでも十分な生活ができている)
├誰にもみられない場所で感謝されること(もちろん嬉しいけどどうせなら多くの人に知られたい/見られたい)
私が欲している「地位と名誉」を手に入れるとは、何を得ることなのか。「欲しいもの」に挙げた内容を、測りやすい指標に変換して、「期末評価の最高ランク」と「(入社1年以内から選ばれる)年間MVP」を目標にした。

後者の年間MVPに関しては、もともと全く狙おうとしていたものではなく、当然に無理だろうと思っていた。地位と名誉が欲しいという私に対して、田中さんが提案してくれた目標だった。無理だろうという気持ちは残りつつも、入社したての頃に見た、前回受賞者たちのスピーチを思い浮かべると、胸が躍った。できるわけない。でも、もし本当に獲れたら?そんな不安と期待に挟まれながら、二つ目の目標もきちんと掲げることを決意した。
4. 徹底的な『自己開示サイクル』
目標を立てたあとは、その戦略を練った。これももちろん田中さんと一緒につくりあげた。
そのとき、「最高ランクの評価」や「年間MVP」を得るための"ゲームルール"(どんな数字やアピールが必要なのか)を、田中さん本人が知りうる限りすべて惜しみなく教えてくれた。それが、さらに田中さんを信じて走ろう!という思いを強めた。
大体これくらいの数字や目に見える成果が必要だよね、と明確になったら、あとはもうそれをかき集めるのみ。このとき、私なりに「これをやれば確実にちゃんと評価される」というサイクルを生み出した。
その名も、徹底的な『自己開示サイクル』である。実は、中身はいたってシンプルな4ステップなのだ。
①自分が得たい数字や成果を上長/評価者に開示する
②そのために必要なアクション/スタンスを全て教えてもらう
③教えてもらったアクション/スタンスを実践する
④実践した結果を上長/評価者に報告する

え??と思われるかもしれないが、意外とこれをしっかり押さえられている人は少ない。この4ステップを着実に踏んでいければ、100%しっかりと得たい評価を得られるのだ。
私の場合は、まず身近な上司の中でトップレベルに社内の職位が高いUさんに「こういう目標を追っていて、そのためには○○くらいの受注が必要なのですが、何かご一緒させていただける案件はありませんか?」と直談判したり、一緒に案件をやっていた一次評価者でもある先輩Tさんに「今度の評価で○点を目指しているのですが、いま人事評価に照らし合わせて、私ができてないところってどこでしょうか?改善したいです!」と具体的なネクストアクションに落とせるようになるまで聞いてみたりした。
そしてアドバイスをくださった上司や先輩には、「こんなことをやってみました!」を必ず報告する。
こういったサイクルを回したり、ちゃんと報告したりすることを「必要なこと」として認識している人は一定数いるかもしれないが、ちゃんと実現しようとすると意外とかなり骨が折れるサイクルである。
5. がむしゃらさとイエスマンが首を絞める
そして、周囲の人々に自己開示を続けていると、しかもちゃんと言われたことを徹底的に実践して報告までしていることも相まって、当然のことかもしれないが、「あれ一緒にやってみる?」「これもやってみる?」という声が増えてくる。それは嬉しくもあり、不安でもあった。
一度でも断ったら、もう頼られなくなるんじゃないか。弱い人間だと思われるんじゃないか。この程度のキャパシティかー、とガッカリされるんじゃないか。
そんな思いが自分の首を締め付けて、結果、私はキャパオーバーになった。カレンダーは30分単位ですべて埋め尽くされており、数字にもお金にもならない極端な話ボランティア活動ともいえる業務も思い切り膨れあがっていた。
ついに、田中さんに「もうどうすればいいか...」と泣きつき、田中さんから会社のお偉いさんたちに代わりに掛け合ってもらうことで、私の業務量は調整された。
うまく回っていたと思っていた独自のサイクル。「認められたい」って気持ちも悪くないじゃん、私それでがんばれるじゃん。そんなふうに思えていた私にとっては、これが一番はじめの大きな挫折だった。
人からどう見られるか、どう評価されるか。それだけの軸で動いていると、手を抜くことができない。そうすると、必ずキャパオーバーしてしまう。
どうしよう。もしかして、これって長くは続かないのかも_______。私の心にはうっすらと灰色の雨雲がたちこめていた。
6. もっと他のモチベーションないの?
この頃から、いやもっと早い段階からだったかもしれない、田中さんからも「もっと他のモチベーションは見つけられないのかな?」「どんな仕事がしたいとかある?」そんな問いが投げかけられるようになっていた。
その背景には、きっと私が他者評価に苦しんでいる姿を見て、もっと何か他の走り方があるんじゃないかと、田中さん自身も模索しながら向き合ってくれていたのだと思う。
でもそのときの私は、そこまで汲み取ることができず、「田中さん、最初は私の『地位と名誉が欲しい』って願望を認めて受け入れてくれたのに、やっぱりそんなのあるべき目標じゃないって思ってるんじゃないか」「もっと高尚で本質的なビジョンを持って欲しいと思ってるんじゃないか」と、田中さんに対する複雑な気持ちが芽生えていた。
感情的な私とロジカルな田中さんだから合わないのかな。私に嫌気がさしてるのかな。もう私をサポートすることに疲れたのかな。色んな感情がぐるぐると渦巻いて、つらいと思う日が増えた。
そんなある日、全社の月間MVPに選ばれた。選ばれた数人は、月次の全社ミーティングの場で名前が呼ばれて、スピーチをする。選ばれたことは田中さんには内緒にしていた。
当日、名前が呼ばれて1分のスピーチをした。まっさきに田中さんから「やったじゃん!」とメッセージが届いた。嬉しかった。嬉しかったけど、そのときの私の感情は驚くべきものだった。
まだまだ足りない。もっと褒めてよ_____。
そう思っていた。田中さんにも直接「もっと褒めてほしかったです」と言ってしまい、「え!?さっきメッセージしたけど、、」と混乱させてしまった。もっと褒めて欲しくて、認めて欲しくて、帰宅後に家でひとり泣いていた。
さすがにどうしよう、と思った。こんなんじゃ私はおかしくなる。なぜここまで承認を求めてしまうのか。つらい。どうにかしたい。抜け出したい。
そう感じた私は、ちょうど休みだった翌日の枠でオンラインカウンセリングを予約した。カウンセリングを受けること自体に抵抗はなかったが、実に数年ぶりだった。
7. 認めていない人って、誰のこと?
カウンセリングを受けたことは大正解だった。冷静な第三者の目で、私の気持ちや状況をひもといて、言語化する手助けをしてくれた。
特に私にガツンと気づきを与えてくれたのは「おなみさんを認めてない人って、誰なの?」という問いかけだった。それに対して、「え、、、いないですね、、、」と口から出ていた。よくよく考えてみたら、思い返しても、私を認めていない人なんていなかったのだ。
そのときに頭に浮かべていたのは、前職でお世話になった女性の上司だった。もちろん、肩書きとしての昇進が思うようにできなかったのは事実としてある。でも、その上司はいつも私の仕事ぶりや企画内容を認めてくれた。ボーナスをマックス額で支給してくれたのだって、もちろん"その場しのぎの引き留め施策"という側面もあったかもしれないが、ちゃんと想像力を働かせたら、きっと私が悲しい思いや辛い思いを極力しないように、上司なりにがんばってもっと上の人たちに掛け合ってくれたんだと思う。なんでこんなにシンプルなことに気づけなかったんだろう。
そして、田中さんをはじめとする周囲の先輩方に求めていたものが、正確には「承認」ではなく「共感」だったことに気づいたのも大きな収穫だった。すごいね、えらいねってヨシヨシして欲しいだけじゃない。そうじゃなくて、横に並んで手を取り合って、同じテンションで喜んで欲しかった。よっしゃー!うまくいったね!ってハイタッチできるような関係性になりたかったし、そう思ってほしかった。
また、他者の視点に立って想像するというプロセスを経て、田中さんが「他にモチベーションとなるものないかな?」と言っていたのだって、私の気持ちを踏み躙ろうとか軽く扱おうとしているわけではなく、単純に「他者に認められることだけだと今後辛くないかな?」と心配してくれているからこそなんじゃないか...と気づくこともできた。
カウンセラーとの対話や内省を通じて気づいたすべてのことを田中さんに伝えた。すると田中さんも「この土日、俺もずっと考えてた」と伝えてくれた。
2人での対話も通じて、こんな風にまとまった。
・認めて欲しい気持ちは悪じゃない
・誰も私を認めてない人なんていない
・認めて欲しい/共感したい、は別の気持ちとして存在している
・共感される存在を目指してみる
8. "場を動かす"ってこういうことか
田中さんとは複数人でよく飲みに行ったりカラオケにも行ったりしていた。仕事面でもプライベートでも、田中さんはロックで面白い先輩で、しばしば「自分で動かせよ」と言われていた。例えば私が「昨日の飲み会、楽しくなかったです。もう行きたくないですー」と漏らせば「そりゃ受け身ならそうなるよな」と言われたり(笑)仕事のことでも、「こういうことがうまくいかなくて...」と相談したときに少しでも私が環境とか他者のせいにして逃げてるなと察すると「自分で動かそうとしてんの?」と聞かれた。
私はその意味が、わかるようでよくわかっていなかった。
そして、1月某日。
年間の表彰式が、大きなホールで行われた。数百人が集まっていた。
私が狙っていた賞のまえに、育成係とその部下とのコンビ賞の表彰があった。実は虎視眈々とこの賞もねらっていた。(といっても、この賞は明確に評価基準がわからず、ただ願っていたというのが正しい)
ノミネートしたペアとしてまず名前が呼ばれて、その場に立ち上がった。心臓の音が速まったときに、私たちの名前は呼ばれた。ちらっと目を見合わせて、壇上へあがった。
すごく嬉しい気持ちとともに、焦りもあった。実はこの日まで、私も田中さんも猛烈に忙しく、ノミネートされていることは認識しつつも、もし選ばれたときのスピーチの打ち合わせも何もできていなかったのだ。壇上に向かうなかで小声で「先にどっちが話しますか?」と聞いて「俺が行く」と言った田中さんの背中に必死についていった。
田中さんが「この子は最初に『地位と名誉が欲しい』と言っていて...」と切り出した。よしっ、と思った。私もそれを軸に話そうとしていたから、繋がった....!と。
それと同時に、会場からも爆笑の渦がおこりはじめていた。田中さんがうまくまとめたくれたあとに、私にマイクがバトンタッチされて、「地位と名誉が欲しいと言って、今思えばすごい強欲なやつだなって思うんですけど、それでも田中さんは受け止めて『じゃあそのための作戦を立てようか』と言ってくださって、その作戦をもとに田中さんと走ってきたら、地位と名誉より大切なものがたくさん見つかりました。でもこうして、名誉ある賞をいただけて、今この大勢の前でスピーチできていることもとても気持ちいいです」という旨を話した。
話しながら、私は思い切り泣いていた。
すると、話している最中から最後まで、すすり泣きをしている人や、手を叩いて大笑いしている人がどんどん増えていった。あぁ、自分の手で場を動かすってこういうことか_____。ちなみに、あとから映像を確認すると、田中さんは後ろで大笑いしていた。
壇上をおりて、2人で記念撮影スペースへ向かった。その道中、周りには誰もいなかった。田中さんは「家でスピーチの内容考えながら泣きすぎて、今日は涙が出なかったわ」と言った。
賞状よりも賞金よりもさっきの爆笑よりも、その一言が何よりのプレゼントだった。
全社表彰式がおわり、部署のメンバーで飲み会が開かれた。そのあとはカラオケ、スナック。どんどん人が減っていくけど、私と田中さんはずっと残った。
何件かカラオケをはしごして朝5時。田中さんは、先に電車に乗り込んだ私を最後まで見届けるように駅のホームからじっと見ていた。
いつもなら、その視線に気づいたら少しだけ頭を下げるけど、この日は思い切って手を少し上げて小さく振ってみた。田中さんも、ふっと笑って、窓越しに手を振りかえしてくれた。
地下鉄なのに不思議と、朝日が差したみたいに周りが明るくなって、新鮮な空気がすーっと体内を通過した。
終わりの日であり、始まりの日になった。
承認欲求を起点とした私の半年間。
スピーチからも分かるように、得られたものは「承認」だけにとどまらなかったし、承認欲求に苦しめられた時間も長い。
ただそれでも、冒頭でも触れたように、「承認欲求」はマズローの5段階欲求において、「自己実現」よりも手前の上から2つ目に位置している。
だからこそ、まずは適切かつ自分がワクワクできて周りに応援してもらえる方法で、きちんと自分の承認欲求を満たしてあげる、ちゃんとモノにするということは大事だと思うのだ。
そのプロセスは前述したように仕組み化できる部分も大いにある。
「承認欲求」はただの悪者にするのではなくて、丁寧にかわいがって、適切に育てて、ちゃんと収穫できればそれでよい。





