『コミックボンボン』でロックマンを描いた思い出

@ariga_megamix
日本語2026年9月18日
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TL;DR

有賀ヒトシ氏が、『コミックボンボン』でのロックマン漫画執筆キャリアを振り返り、設定資料集の制作過程や、フランチャイズが雑誌から移籍するに至った複雑な編集現場の力学について詳述している。

コミックボンボンと私とロックマン

コミックボンボンは、子供の頃に読んでいた大好きな雑誌で、私が漫画家としてデビューした雑誌でもあります。この雑誌でいろんなことを学び、いろんな想いを抱きました。ただ、当時の私は普段はゲームの仕事をしていたので、本誌で漫画を描くのはたまに。主に増刊号で描いていましたが、その増刊にも毎号描いていたわけではなく……。

「あれ……自分は元ボンボン漫画家と名乗っても許されるのかしら、これ……?」と思って、以前そんなtweetをしたことがあります。すると、たくさんの方から、「ありが先生はボンボン漫画家ですよ!」と言っていただけたので、胸を張って元ボンボン漫画家とさせていただきます。

ボンボン読者だった頃

読者としての私は、初期ボンボン世代です。やまと虹一先生の『プラモ狂四郎』と最新のガンプラ記事が読みたくて、コミックボンボンを購読していました。小学生の頃、茅場町にあった海洋堂ギャラリーまで自転車で行くようになったのも、海洋堂の新作情報と、お店までの地図を載せていたボンボンの記事のせいです。当時のショーウィンドウに飾られていて思い出深いのが、ルパン三世のラムダやカリ城のルパン系、でっかいブロントサウルスや恐竜たち、ゴジラ系、ウルトラ系の怪獣たち。最初にお店を探した時、近くを歩いていたおばちゃんに場所を訊いたら、「ああ、怪獣屋さんのことね」と言われたのも良い思い出です。

あと、私が設定画を見るのが好きなのも、ボンボンのロボットアニメ特集ページなどが好きだったからなので、これもボンボンのせいです。

当時読んでいた池原しげと先生の『聖戦士ダンバイン』や『重戦機エルガイム』は、絵がとても綺麗でした。単行本では、ものすごい量の描き下ろしもされていて、それも含めて大好きでした。のちに池原先生の『ロックマン』のアシスタントとして仕事場へお手伝いに行った時は震えました。あい、ふるえる愛。

そして、近藤和久先生の『MS戦記』から受けた衝撃も大きかった。のちに自分がロックマン漫画を描く話になった時、「もし描かせてもらえるなら、『MS戦記』のロックマン版をやりたいんです」と編集さんに話してたんです。

「MS戦記のロックマン版を描きたい」

その話をした相手は、私がボンボンへ持ち込みに行った時に対応してくれた米田さんでした。米田さんは、ボンボンスペシャルで大百科を作ったり、「ロックマン誕生秘話」「ロックマン破壊指令」を担当していた編集さんです。以前は近藤和久先生の担当もされていたそうで、私が「『MS戦記』のロックマン版をやりたい」と言った時、「そうですか。ついに、あの頃の読者がボンボンに漫画を持ち込むくらいの時間が経ちましたか」と、ものすごい笑顔になったのを覚えています。

そして私のボンボンでの初期の仕事で、その後の立ち位置や方向性を決定づけたのが、『最新版ロックマン大百科』です。

ありがひとし🌇🦖 - inline image

『最新版ロックマン大百科』1994年刊

高校時代にゲーム攻略本の編集部でアルバイトをしていた経験があったのと、米田さんから、「ありがさん、ロックマンが好きだって言ってたよね」と声をかけていただいたことで、この本の製作に関わることになりました。編集部へ通いながら、いろいろと勉強させてもらいました。好きなものを好きだと伝えておくのって大事だなあ、とつくづく思います。

『最新版ロックマン大百科』を作る

まず、ロボットたちの紹介ページについて「こんな感じで!」とシリーズごとにレイアウトラフを作りました。

本文に使うゲーム画面の写真は、自前のファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイのカセットを編集部へ持ち込み、編集部のゲーム撮影機材を借りて撮影しました。ボスのかっこいい場面を狙ったり、パスワードを入力して先のステージへ行き、そこからボス戦まで自分で進めて撮影したり。そのため、何日かにわたって夜中まで撮影していた気がします。

素材が足りなければ、自分たちで作る。ワイリーマーク、ライトマーク、コサックマーク、ルーラーズマークは、ゲーム画面のドット絵を参考にしながら、私がラフを描いてデザイナーさんにお渡ししてこの本のために新しく作りました。ライトマークは、私が『ロックマン3』のボスキャラ募集に応募した際、カプコンさんから送られてきた景品に入っていた「RWマーク」を参考にしています。

カードダスもできるだけ収録したくて、限られたカラーページの中で誌面をやりくりしました。(この辺の魂は、のちの『オフィシャルコンプリートワークス ロックマン』でも発揮して、『R20+5』でもカードダスをギュウギュウに誌面に詰め込みました)

そんな感じで仕事をしていたところ、米田さんから、「巻末は、ありがさんの好きな感じで作っていいよ」と言ってもらえました。そこで私が企画したのが、「悪の天才Dr.ワイリーのロボット入門」です。米田さんとカプコンさんに内容を確認していただき、あのページが生まれました。

ありがひとし🌇🦖 - inline image

「悪の天才Dr.ワイリーのロボット入門」(現在は新装版ロックマンマニアックス下巻に収録)

ゲーム中では省略されているロボットの構造やディテールを、自分なりに考えて描いたものです。このロボットたちについて、カプコンさんからも、「ゲーム以外の媒体で、こういうディテールで描かれるものがあるのは、世界観が広がってとても良いと思います」と喜んでいただけました。

ここで描いたものが、のちの『ロックマンリミックス』、さらに『ロックマンメガミックス』へつながっていく雛型になりました。最初のエピソード『破壊指令』の時まで担当してくれたのも米田さんです。

『リミックス』から『メガミックス』へ

ボンボン増刊号で描いていた『ロックマンリミックス』の「メタルハート」の頃から、担当が山本さんと上薗さんになりました。山本さんには、のちのマガジンZでも『THE ビッグオー』を担当していただくことになります。その体制のまま、『ロックマンメガミックス』へとつながっていきました。みんな若くて、熱い時代でした。

当時のゲームコミカライズでは、ゲーム画面、ゲーム中のテキスト、取扱説明書が主な資料で、ゲームによっては、それが資料のすべてということもありました。そこから、漫画として読める解像度まで世界や物語を組み立てていくわけです。元になったゲームは同じでも、描いている漫画家によって解釈やアウトプットが違う。それが面白かったですね。

当時のボンボンには、月刊連載、4コマ、読み切りなど、複数のロックマン漫画家がおり、私もその中の一人、という立ち位置でした。

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新装版ロックマンメガミックスあとがきより。出月こーじ先生(@moonup777)のロックマン&フォルテは少年ロボットヒーローものとして傑作だと思います…!

ゲームで語られていない部分を描く

ボンボンで『ロックマンメガミックス』を描いていた頃、私は主に増刊号で読み切りを発表していたこともあり、カプコンさんからは、「ゲーム内で語られていない部分を読みたいですね」と言われていました。実際、戦闘以外の場面を描くなかで、私の漫画ではロールさんの出番がそれなりに定着していました。

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ロールさんをはじめ、ライトナンバーズも兄弟機として半レギュラー化

ワイリー基地側のオリジナルキャラクターとして「ピアノ」を検討したのも、ゲームには登場しない部分を漫画で描写するためだったんですよね。

ありがひとし🌇🦖 - inline image

新装版ロックマンメガミックスあとがきより

ただ、原作ゲームにまったく登場しない要素のために、限られたページ数を割くことには抵抗があり、ワイリー側では過去作のロボットたちも修理されて健在でしたし、賑やかし役としてレゲーもすでにいました。元のゲームに出るロボットたちをもっと大事に描きたいと思い、ピアノは未登場となりました。

なんにせよ1996年前後の話なので、このあたりは私の思い込みや記憶違いもありそうで、細部の記憶は曖昧です。

20代の未熟さと熱量

『メガミックス』を描いていた頃、私はまだ20代前半でした。今見直すと、絵も構成も拙くて未熟です。でも、そんなこととは関係のない熱量が、今見ても、あるいは今だからこそ感じられます。もともと、少年ロボットを主人公にした漫画を描きたかったこともあります。そして、自分が小学生の頃にコミックボンボンを読んで、「かっけー!」と思った気持ちを、読者にも届けようとしていたというか……。だから私はボンボンに持ち込んだし、漫画家としてのキャリアの初期にボンボンで描けて、本当に良かったと思っています。自分と『ロックマン』の相性や組み合わせも良かったのでしょうね。

当時はゲーム制作の合間に漫画を描くという仕事の仕方だったため、月刊連載はせず、増刊号を中心に描いていました。結果的には、それが自分の物語を練る時間と作画のペースにちょうど合っていたのだと思います。

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当時のクロッキー帳をコラージュしたもの。ロックマンリミックス中扉に使用。現在は新装版ロックマンマニアックス上巻に収録されています。

ロックマン10周年大大博覧会

ボンボンのロックマン漫画家としての大きな思い出に、「ロックマン10周年大大博覧会」があります。会場では、ロックマンたちの着ぐるみによる寸劇があり、GANASIAのお二人や仲間由紀恵さんが歌い、生歌を聴くこともできました。ロックマン体操などもあったと思います。私は当時、ボンボンのロックマン漫画家としてステージに登壇しました。ちなみに、『ロックマンX』を連載されていた岩本佳浩(@iwamoto_yoshi)先生とは、このイベントが初顔合わせでした。その後は、お互いの仕事場へ遊びに行ったり、一緒にカレーを食べに行ったりする仲になりました。ただ、ロックマン10周年の頃にはイベントが二回ほどあったので、私の記憶の中で二つのイベントの内容が混ざっているかもしれません。

会場には大勢のロックマンファンが集まり、新作ゲームの試遊台などもあって、ものすごい熱気でした。そして、もう一つ忘れられないのが、当時の応募ハガキで作られた、ロックマン10年の歴史が詰まった大きなアーチです。その中に、エアーマンやクラッシュマンの応募ハガキもありました。

それを見つけた私は、楽屋でカプコンの方に、「あそこにあるのって、採用ハガキじゃないですか!!」と訊きました。すると、「見つけましたか。他にもあるので、探してみてくださいね」と、ほほ笑みながら言われました。ところが、その後の私は進行中の漫画原稿を楽屋で描いており、ほかのハガキを探しに行くことができませんでした。

それから約10年後。

『ロックマン オフィシャルコンプリートワークス』を作る際、私は当時の採用ハガキをぜひ収録し、公式イラストのそばに配置したいと考えました。ところがカプコンさんに確認したところ、「残念ながら、個人情報保護のため、当時のハガキは残っていないんです」と聞かされました。あのアーチの中にあったハガキも、もう残っていなかった。これはかなりショックでした。

10周年大大博覧会の時、原稿をサボって、ほかのボスキャラのハガキも探しに行けばよかったなあ!

ロックマン10年史大事典

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「ロックマン10年史大事典」1998年刊

ボンボン時代のロックマン仕事として、もう一つ大きかったのが、この『ロックマン10年史大事典』です。すでに『最新版ロックマン大百科』があったので、同じことの繰り返しにはしたくない。そこで、各タイトルを半ページずつのレビュー漫画で紹介しながら、ゲーム情報も盛り込む構成にしました。さらに、カプコンから稲船さんと佐藤さん、ボンボン側から池原先生、岩本先生、そして私が参加した座談会を収録。事典なのだからと、ロボット紹介にもページを割きました。いろいろと構成を考え、割と頑張って作った一冊です。このレビュー漫画は、現在『新装版 ロックマンマニアックス』下巻にも、カラーのまま収録されています。

そして、この本を作る際に組んだのが、のちに『妖怪捕物帖』で10年以上ご一緒することになる大﨑悌造さんです。大﨑さんとは、この本を作る中でかなりみっちりとやり取りをしました。そのときの私の仕事を覚えていてくれたようで、『妖怪捕物帖』を立ち上げる際に、「ありがさん、一緒に本を作りませんか?」と声をかけていただきました。

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妖怪捕物帖は、2026年現在、21巻まで刊行中。まだまだ続きます。

振り返ってみると、ロックマンには何度も背中を押してもらい、その後の仕事へつながる縁まで結んでもらっています。

本当に、感謝することがたくさんあります。

手強くしすぎだよ!

コミックボンボン時代のロックマンといえば、『ロックマン&フォルテ』では、当時ロックマン漫画を描いていた三人の漫画家が、それぞれボスキャラクターをデザインしています。この頃はボンボンの仕事に関連して、ちょこちょこカプコンさんへ足を運んでいました。

ある時、『ロックマン&フォルテ』の開発スタッフから、「ありがさんデザインのボスは思いっきり手ごわくしたので、楽しみにしていてください!」と、ものすごく良い笑顔で言われました。……ということを、今になって急に思い出しました。

手強くしすぎだよ!

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バーナーマン。トラバサミを投げてこちらの動きを制限したり、バーナーで画面端の即死トゲまで追い詰めてきたりする。弱点武器をうまく当てないと、なかなか体力を大きく削ることができない。

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ダイナモマン。上下へのスパーク弾連打、誘導弾、画面全体攻撃。そして自身の体力が減ると、充電ユニットが天井から降りてくる。それを破壊しても、一定時間が経過すると何度でも新しい充電ユニットが降りてくる。

そんなふうにボンボンとカプコンさんが一緒になってロックマンを盛り上げていた時代も、やがて終わりを迎えます。

ボンボンの誌面からロックマンが消えた頃

その後、ボンボンで掲載されていたロックマン漫画は次々と連載を終え、誌面でもロックマンが扱われなくなりました。この件について、ネット上では、編集長に復帰した池田新八郎さんを「ボンボンからロックマンが撤退した元凶」とする見方が、半ば定説のようになっています。ただ、そうして一人に非難が集中している状況は、欠席裁判のように見え、私には少しモニョるところがあります。

当時、ボンボンでロックマン漫画を描き、比較的近い場所にいた者としては、編集長とカプコンさん、双方の確認不足や思い込みによる「ボタンの掛け違い」が大きかったのではないかと思っているからです。私が当時見聞きした範囲では、『ロックマン&フォルテ』で、当時ロックマン漫画を描いていた三人の漫画家にボスキャラクターをデザインしてもらう企画は、カプコンさんとボンボン編集部が一緒に進めたものです。

漫画家との連絡やスケジュールの取りまとめはボンボン編集部が担当し、漫画家たちは連載などの仕事を抱えながらボスをデザインしました。そして、そのデザインをゲームへ実装したのは、もちろんカプコンさんです。ゲームのエンディングには、漫画家三人の名前がクレジットされています。一方で、私が確認した限りでは、『ロックマン&フォルテ』のパッケージと取扱説明書、そして当時カプコンさんが出していた広告には、制作協力としてボンボンの名前はなく、ボスデザインを担当した漫画家三人の名前もありませんでした。また、当時のゲーム雑誌に掲載された『ロックマン&フォルテ』の記事でも、私が知る限りでは、三人の漫画家がボスをデザインしたことは紹介されていませんでした。このことを大きく扱っていた媒体として、私が確認できているのはボンボン本誌だけです。編集長からすれば、「協力したのに、どういうことだ!」と感じても不思議ではありません。

もう一つ、大きかったのではないかと思うのが、『ロックマンDASH』の展開です。『ロックマンDASH』の情報はVジャンプで先行して扱われ、カプコンさんによる描き下ろし記事もVジャンプにのみ掲載されました。このことについては、のちにカプコンさんから、「従来のロックマンとはターゲットが違うので、展開先としてVジャンプさんと組んだ」と伺いました。実際に『ロックマンDASH』を遊んだ今なら、その判断はよく分かります。従来のロックマンとは雰囲気も遊びも異なる作品なので、それまでとは違うユーザー層へ届けようとしたのは自然な判断だったのでしょう。

ただ、ボンボンでロックマンを育ててきたという自負のある人にとっては、これが大きな裏切りのように感じられたのかもしれません。池原しげと先生にロックマン漫画を描いてもらい、それをボンボンに掲載できるよう動いたのも、池田編集長だったと聞いています。それだけ思い入れが深ければ、なおさらです。

私は、この『ロックマンDASH』の展開も、ボンボンがロックマンから離れる大きな要因になったのではないかと推測しています。ただし、池田さん本人から「これが決定打だった」と聞いたわけではありません。

少なくとも私の知る範囲では、池田さん側が何に不満を感じているのかがカプコンさんへ十分に伝わらず、カプコンさんが『ロックマンDASH』をVジャンプで展開した意図も、ボンボン編集部へ十分に共有されていなかったように見えました。どちらか一方がすべて悪かったというより、双方の意思疎通が足りないまま、ボタンを掛け違えてしまったのではないか。私には、そう思えます。もちろん、私が把握していない話もあったでしょう。

私自身も、この件を外から見ていただけではありません。当時進めていた『ロックマンメガミックス』は、編集部とカプコンさんの双方からコンテにOKをもらい、準備万端で進めていたにもかかわらず、あとになって、「あれは……とりあえず中止になりました」と言われました。「ここまで準備して進めていたのに!」と、当時はかなり腹を立てたものです。(ただ、その時の漫画コンテは、のちに原稿として仕上げ、『新装版 ロックマンギガミックス』第1巻に収録しています)

それでも、ボンボンの誌面からロックマンが消えた責任を、一人だけに負わせて断罪するのは違うと思います。当時自分が見聞きしたことや、その後に関係者から聞いたことも含め、私の知っている範囲のことは、今だからこそ書き残しておこうと思います。

その後のロックマン漫画

その後、ロックマンは『ロックマンエグゼ』として、コロコロコミックを中心に展開され、大ヒットします。これは結果的に、ロックマンというシリーズのその後にとって、とても良かったと思っています。ゲームの内容と雑誌の性質を考えても、『エグゼ』とコロコロコミックの組み合わせは合っていたのでしょう。

ちなみに、小学館で『ロックマンエグゼ』の漫画を描かれていた鷹岬諒先生(@takamisakiryou)、あさだみほ先生(@asayanen)とは、その後一緒に遊びに行くなど、仲良くしていただきました。

そんなロックマンも、2027年で40周年

そして、ロックマンは2027年で40周年を迎えます。新作『ロックマン:デュアル オーバーライド』、楽しみにしております!

過去作のボスも登場するようなので、遊びながら懐かしくて泣いてしまうかもしれない。

楽しみ!

※この記事は、過去のtweetやpostをもとに再構成しました。また、かなり昔の出来事については、現在の記憶をもとに書いています。当時をご存じの方で、記事内容に「そこは違うよ!」という点がありましたら、私までご一報ください。

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