40代になって、ある時ふっと、こんなことに気づく。
あれ、最近、私ぜんぜん認識されてなくない?
老けたとか、太ったとか、そういう次元の話じゃない。
「存在として、視界に入れられてない」感じ。
カフェで店員さんは、私の声だけ拾って、目は伏せたまま、メモを書く。道ですれ違う人が、私の顔をまったく見ずに通り過ぎる。
最初は、気のせいだと思った。でも毎日、ちょっとずつちゃんと減っていく。
「私が、人の視界に入っていた量」が。
口に出すと、ちょっとダサい。だから、誰にも言わない。
でも、これは、いま40代になった女のほとんどが心の奥でちゃんと知ってる感覚だ。
私は今日、ここでその感覚にちゃんと名前をつけたい。
「見られなくなる」。
これが、私たちが「老けるのが怖い」と呼んでたものの、本当の正体だ。
1、女の人生は、「見られる」で出来てる
これ、書きづらい話。書きながら、自分の中の強がりの良心がちょっと痛む。
でも、書く。
女として育つと、いつの間にか「見られること」が、自分の存在の手応えに組み込まれていく。
誰かに、認められる。誰かに、選ばれる。誰かに、可愛い、綺麗、若い、と言われる。
それを「いらない」って言いきれる女は強いと思う。私は、ずっと言いきれなかった。
10代、20代、30代。
「見られる」を、私は知らないうちに、自分の存在の手応えに組み込んできた。
そして40代。
その手応えが、ある日ふっと減りはじめる。
最初に書いた、店員さんの目、道ですれ違う人の視線...あれは、ぜんぶ、その"手応え"が減っていく音だった。
気づいたら、自分の存在が、世界の風景の中でなんかいつの間にか薄れてた。
「私、まだ、ここにいるよ」
世界に向かって、心の中で何回も言いたくなる。
そのときの私は、老けが怖いんじゃなかった。「存在が、薄くなっていく」のが、怖かった。
2、「老け」じゃない。主役席から、外される話だ。
社会には、見えない椅子がある。たぶん、男もそうだけど、女のほうが構造がはっきりしてると思う。
20代から30代の前半、女はなぜか社会の"主役席"に座らされる。
CMの中央、店頭の試着、街角のポスター、職場の食事会の上座。
「若くて、女」という事実が、勝手に席を用意してくれる。
その席に、必ずしも座りたかったわけじゃない。むしろ、しんどいこともたくさんあった。
セクハラ、品定め、軽く扱われる、本気で聞いてもらえない。
でも、座ってる間、ひとつだけ、確かなものがあった。
「私は、世界の風景の中に、まだいる」
そう感じられる、最低保証があった。
その席を、40代になって、ふっと降ろされる。
「もう、あなたは、こっちじゃない」
そう、誰にもはっきり言われない。
ただ、視線が流れていくスピードでそれを知る。
これ、傷つかない女はいないと思う。
降ろされる時に、はじめて自分がちゃんとその席にしがみついてたことに、気づく。
3、見られなくていい、っていう「嘘」を、私はもう信じない
世の中の本やSNSは、こう言う。
「年齢なんて、気にしなくていい」
「自分らしく、輝いていればいい」
「他人の目なんて、関係ない」
正しい。すごく正しい。
でもそれを、若い時から「見られて」きた女に、突然配るのはちょっと無茶だ。
10代から30代までの20年、社会のシステムが「あなたは、見られる側です」って、毎日教育してきた。
そのシステムを降りるってことは、20年分の刷り込みを本人が自分の手で、剥がす作業をするってこと。
それを、「気にしなければいい」の一言で、解決させようとするのは優しさじゃない。怠惰だ。
私が、いま、自分にやってるのはこういうこと。
「見られなくなって、寂しい」っていう、自分の弱さをちゃんと認める。
その感情を、卒業しよう、克服しようってがんばらない。
「あ、いま私、見られなくて寂しがってるな」って、ただ観察する。
そうやって、感情に名前をつけてあげると、不思議なんだけど、その感情に引きずられる時間がちょっとだけ短くなる。
そして、もうひとつ。
世界に見られる量が減ったぶん、自分で自分を見る時間を増やす。
朝、ちゃんと、自分の顔を見る。
今日、何を着たい?って、自分に聞く。
鏡の中の自分に、「おはよう」って言う。
「自分に見られる」って、地味ですごく恥ずかしい。でも、これだけが、外側からの視線が減ったぶんを、ちゃんと埋め直してくれる。
主役席は、外からもう一回もらえないかもしれない。
ただ、自分の人生の中に、自分用の主役席をちゃんと用意することはできる。
老けるのが、怖かったんじゃない。
ずっと、見られて生きてきた女が、急に、見られなくなることが、怖かったんだ。
「年齢を気にしないキラキラした女」を、私はちょっと信じてない。
たぶん、内側でちゃんとしんどい時間を通り抜けてきた人ほど、それを軽々しく人前で語らない。
「若い時のほうがチヤホヤされた、寂しい」
これ、いま40代の女がいちばん口に出しちゃいけない、と教育されてる感情だと思う。
「そんなのに執着して、ダサい」「内面を磨きなさい」って、若い世代からよく言われる。
でもね。ちゃんと、寂しがれない感情は、内側でちゃんと腐る。
寂しいって、ちゃんと言える私たちは、たぶんいちばん自分に正直な40代だ。
その正直さを、私は何より大事にしたい。
この記事が「自分のことだ」と感じたあなたへ。
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